−雨の中、空を見ながら。−    Side−F





「フェイかくご〜!」





突然の大声に振り返ると誰もいない。
気のせいかと首を傾げた瞬間、目の前を黒い影が覆った。
大きな木の上から飛びおりてくるのはひぃ、ふぅ、みぃ・・・と5人の少年たち。
どれもこれも俺が仕事の合間を見つけては武術を教えている顔ばかりだ。



ああ、またか。



そう悟ると両手いっぱいに抱えていた頼まれ物の大事な書類を優しく地面に手放した。
破れてくれるなよと心の中で何度も呟きながら握る拳に力を入れる。
勝負は一瞬、すうっと瞳を鋭くさせると足を勢いよく踏み出す。
そして、少年たちの眼から標的に定めた青年の姿は消え失せた。
少年たちはその不思議な現象に驚きを隠せないまま手と足を草の上につける。
急いで顔を上げ、辺りを見回すが探している人物は見えもしない。



「あ〜あ、また消えたぁ!!」



1人の少年が頬を膨らまして叫んだ。
最初に叫んだ少年に便乗して口々に文句を大空に向かって喚き散らした。
彼らはわかっているのだ。
ここ最近自分たちがずっと狙っている青年はどこかで見ているのだと。
初めの頃は逃げてしまったとばかりを思い、早々に引き上げていたがどうやら違うらしい。
それがわかってからは青年が顔を出すまで粘っている。
いつもは自分たちが痺れを切らして帰って行ってしまうが、今日は出てこずにはいられないだろう。
こっちには切り札があるのだから。
少年たちは言葉を交わしていなかったがどうやらみんな同じことを考えていたようだ。
視線だけを5人は交差させると悪戯な笑みを浮かべた。
このときの緊張感がたまらない。
ドキドキしながら今日という今日にやっと追い詰めることができたのだ。
後で怒られるのは目に見えているがやめられない。
こんなに楽しい遊びは滅多に見つからない。
胸を高鳴らせながら悪戯っ子の少年たちは一斉に四方八方に向かって声を張り上げた。
どこで見ているかわからない以上この方法しか彼らには残っていなかった。
聞こえれば絶対出てくるのだから。
だから、だからどこにいても聞こえるくらいの大きな声で。



「置いていっちゃったこの紙束捨てちゃうぞ!!」



四方に囲まれた壁に声が反射して小さなやまびこを作る。
大きく張り上げた少年たちの声は次第に弱くなっていき、最後は掠れるように消えた。
彼らが立つ空間に静寂が訪れた。




ダメだったか・・。




少年たちは溜め息をつくとその場を離れようとする。
この大事そうに持っていた紙束のことを言えばきっと出てくると思っていたのに・・・。
そんなに必要なものじゃないのかもしれない。
残念そうに一人、二人と敷地の外に足を向けた。
ここまで言って出てこないなら本当にどこかに行ってしまったのかもしれない。
そう思うとまた一人と足を進める。
残った二人は顔を見合わせて溜め息をついた。

「やりすぎちゃったのかな?」

「どうだかぁ」

少し気落ちした二人の少年は揃って仲間の待つ敷地の外に向かう。
すると突然一人が翻し、もといた場所に駆け戻った。

「どうしたんだよ!?」

「これ、渡しに行こうと思って!」

駆けた少年は青年が落として行った紙束をかき集めてにこりと笑う。
「そっか、一応届けとかないとな」
納得したもう一人の少年は手を出して半分持つと言う動作を見せた。






「そっそれは持って行かないでくれ!」




仲良く並んで歩く二人の足を止めさせたのは少し低めのよく通る声。
それは彼らにとってよく知るものだ。
声の聞こえたほうに体を向けるとそこには慌てた様子で大木から飛びおりてくる長い髪を一つに纏めた青年。
少年たちが捜していた張本人、フェイだった。



「あーっやっぱり隠れてたんだな!」



二人の少年は出る限界の声を張り上げた。
フェイに向けて指まで指したので両手に持っていた紙束を落としてしまう。



「こらっしっかり持ってろ!!」



青い顔して頭を抱えて叫んだ。



「そんなに大事ならこんなとこに置いていくなよな!」



叫びのような声で怒鳴られた少年たち怒って力いっぱい言い返した。
「お前たちがいきなり降ってくるからいけないんだろう?今日は仕事をするから教えることは出来ないってこの間のときに言わなかったか」








いつもならこの時間にはもう教えているころなのだが最近は忙しくて教えることが出来ないと伝えたと思っていたのだが自分の勘違いだったのだろうか。
橋を架ける計画が進んでいるらしくこの頃は今までにもまして忙しくなった。
子どもたちには可哀相なことをしていると思うが自分だけのん気にしてるわけにはいかない。
この世界の復興のために彼女と二人、仲間の反対を押し切ってラハン村からみんなのもとへ戻ってきたのだから・・・。
ここに着いたときは親友から二人してこれでもかというくらい怒鳴られたものだが最後は呆れたように笑ってこう言って迎え入れてくれた。








――ま、いつかは来ると思ってたけどな――と・・・・。








あいつにまで自分たちの行動が先読みされているとは思わなかったが・・。
ふっとフェイの顔に笑みが零れる。
あのときのトパーズの瞳の親友はどう表せばいいかわからないがとても可笑しな表情をしていた。
それは今思い出しても笑いが止められないほどに。



「何にやにやしてんだよ?気持ち悪いぞフェイ兄ちゃん」



少し前の出来事に思いを馳せていた彼をこちらの世界に呼び戻させたのは目の前で怪訝な顔の少年二人だった。
「悪い、悪い!ちょっと昔のこと思い出しててたんだ」
「ふーん。なぁフェイ兄ちゃんはなんでそんな格好してるんだ?」
よく見ると少年の目に映る青年の姿はどこか可笑しい。
服は少々乱れ、髪もぐちゃぐちゃ、極めつけに顔には擦り傷だと思われる赤い線がたくさんあった。
荒れ果てた髪の上には緑の葉が散乱している。
少年は背伸びをしてフェイの頭に手を伸ばすと髪についていたたくさんの葉っぱの中の一つをつかんで見せた。
「ああ・・・これか?お前たちがいきなりくるから慌てて木の上に隠れたんだよ。そしたら、書類を捨てるとか言うから出て行こうとしたら髪に枝が絡まってさぁ・・・・・かなり焦ったぞ」
彼は険しい表情を見せながら言った。
子どもたちはにかっと口を歪めると楽しそうな声を出す。
「フェイ兄ちゃんらしいね!」
「ナイスなヘアースタイルだな!」
そう言うとお互い吹き出して大笑いした。
フェイは困ったように苦笑すると何か思い出した突然表情を変えた。



「なんかあったのか?」



少年は彼の様子を不信に感じ、近寄った。
自分たちが考えている以上に青年はすごい人みたいなのだ。
いろんな国の偉い人たちと知り合いだし、亜人とも仲良く話をしていたから親しいようだ。
そこら辺にどこでも居そうな大人たちにも話し掛けられていたし、なによりこの国の元王子にして今の大統領代理と親友らしい。
極めつけは大人たちが“ソフィア様の生まれかわり”だと言われている女の人とも仲が良さそうだった。
楽しそうに二人が笑っているところを何度か目撃した。
なにかと自分たちが兄のように慕っているこの青年は有名人らしい。
自分たちには難しいことはよくわからないがそのことだけはまわりの空気から感じとっていた。














表情を一変させた青年はその顔のまま、おもむろに口を開いた。
「雨が降るな…お前たち、遊ぶのもいいけどそろそろ帰れ。急がないと濡れるぞ」
「なんでそんなのわかるのさ〜!」
少年たちは不思議でしかたがなかった。
雨なんて滅多に降らないこの国で、自分が生まれたところでもないと言うのにどうしてわかるんだろう・・。
彼の天気予報はこれが初めてではない。
“明日は晴れだ。”とか“夕立がくる。”だとかぼそりと呟くとかなりの確率で当たるのだ。
「いつも思ってたんだけど・・どうして天気がわかるの?」
少年二人は首をひねって考えてみるがさっぱりわからない。
フェイは困ったように笑った。
「うーん、なんとなくだな。空をいつも見てるからだろうけど・・・」
「毎日見てたらわかるようになる?」
「だんだんわかってくると思うぞ。・・ってそれより早く家に戻れよ。本当に降ってきそうだ」
幼い背中をポンと軽く押し、ここから出て行くよう促した。
少年たちは納得していない顔をしていたが自分たちにもわかるくらい空模様が怪しかったので敷地の外へ駆けはじめる。
勢いよく振り返ると2人の小さな顔が溢れるくらいの笑みを浮かべて言った。






「暇になったら連絡忘れるなよ〜!!」


「次、会うときは絶対フェイ兄ちゃんを倒してやるーーっ」






その笑みに答えて彼も清々しい笑みを見せて、握りこぶしを高々と振って返す。






「バイバーイ・・っわーーーっっ本当に降ってきた〜!!!」






少年二人は大粒の水から逃れようと頭を庇いながら走り去っていった。
フェイは溜息を落とすとそのまま後ろにある大きな木にもたれかかる。
そして、ずるずるとすべり座り込んだ。
少々見た目が悪くなった書類を懐に押し込めながら空を見上げる。
空は暗雲に覆われ、そこからは数えきれないほどの恵みの雫が降りてきていた。








通り雨にしては少々勢いがよすぎるかもしれない。
雨に濡れた前髪をかきあげると彼は疲れ果てたかのように息をついた。








・・・帰りそこねた・・・・・。








あの二人にはあれほど帰れといっていたのに自分がここから動けなくなってしまった。
今いる場所から城の中に入るには10分以上歩かないといけない。
いくら庇ったとしてもあの距離では書類は濡れて当分使い物にはならないだろう。
バルトに怒られるのはちょっと癪に障る。
でも、これがないと仕事が進まないからそうなるとシグがもっと困る。






それは可哀そうだ・・。






ただでさえあいつがよく逃亡しやがるから仕事の進みが遅れているというのにそれだけは避けたい。
仕方ない、濡れていくか・・・・。






そう決心して立ち上がると書類を懐にちゃんと収まっているかを確認した。
ぽんぽんと服の上から感触を感じたら足に力を入れる。






走ろうとしたその時、よく知る声が耳に届いた。








「よかった。ここにいたのね、フェイ」


「エリィ!」








優しい笑みを湛えながら傘を差したエリィが目の前に立っていた。
彼女はフェイの腕をひっぱると傘の中に招き入れる。
瞳を合わせると橙の髪を揺らし、にっこり笑った。


「あなたが帰ってこないってみんな心配していたから迎えに来ちゃった」
























二人は静かに足並みを揃えて雨の中歩いているとフェイが思い出したかのように口を開いた。
「どうしてここだとわかったんだ?」
「途中であの子たちに会ったの、ほら!フェイが武術を教えてる子にね。だから何となくここかしらって思って・・あっそうだわ。ごめんなさいねフェイ」
にこにこと話していた彼女の顔が急に暗くなった。
その追い詰めた表情が気になり顔を覗きこむ。
とたんに彼女は恥ずかしそうに俯くと目線を外しながら小さな声で呟いた。






「本当は傘二つあったんだけど・・・その子たちにあげちゃったの。」


「なんだそんなことか。エリィらしくていいんじゃない?それに・・・」












「それに?」














「俺たちには二つもいらないだろ?」
















フェイはエリィに負けないくらいの笑みで答えた。


彼女は彼に腕を回し、身体を摺り寄せる。


体中で彼の存在を感じると笑いながら言った。




















「あなたならそう言ってくれると思ったわ」









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