5555HITの下たん様に捧げます。




Intersection point




処女宮23日 12:34  林道にて


やっと涼しくなってきた今日この頃。
一、 二間前の真夏日が嘘のようだ。
木々の間から漏れる淡い光と優しい風に煽られながらバッツは町へ向かっていた。




足が軽い。
体が羽根のように軽かった。
そのせいかいつもより早く足が進む。
滲み出る汗など気にも掛けずにひたすら前に進んでいる。
目指すはあそこ。
林道から微かに見えるあの町。
それが視界に入った途端また速度が上がった。
随分、現金な奴になったものだろう。
そう心で呟いて微笑を浮かべた。
仕方ないじゃないか、もうすぐファリスに会えるんだから・・。




“家”と言うものを何十年ぶりに持って三年になる。
あの戦いからはもう五年経った。
少しの間、二人でのんびり生活しようと思っていた。
それからまた世界を見に行こうと考えていた。
しかし、それも簡単にいくはずも無く・・・。
暮らしていくには金がいる。
初めは旅中で稼いだので賄っていたけどそれもいつまでも続くわけなくて。
出来る仕事を探していたら結局、前の生活に戻った。
上手い言い方をすれば「何でも屋」だ。
とりあえずくる仕事を片っ端から引き受けていたらいつの間にか家でのんびり過ごすということがなくなっていた。
最近では家にいる日のほうが少ないんじゃないかってくらい忙しい。
そう、この間だって二人一緒に行くには仕事の数が多すぎて悩んだ結果二手に別れることになった。
ここ数年、ずっと一緒にいたもんだから離れて行動してみるとなんか物足りなかったりする。
昔は一人が当たり前だったのに環境ってのは恐ろしい。

そんなことを頭にめぐらせていると町の入り口が小さく見えた。
たったそれだけのことなのに喜んでいる自分がいる。
なんてバカなんだろうって思う。
でも、一週間ぶりに会えるんだ。
ファリスに。
そう思うと自然に足が前に出た。















処女宮23日 13:46  家の前


「はぁ!?いない?」
バッツは扉の前で間抜けな声を出した。
「ええ、隣町に行くって・・・てっきり私、あなたを迎えに行ったとばかり思ってたんだけど。途中で会わなかった?」
「会ってたらこんなに驚いてませんって・・」
ゆったりとした口調に彼は脱力して答えた。
ふわふわのキャメル色の髪、標準としては低めの背丈、大きく丸い褐色の瞳がいかにも可愛らしい下町の娘の称号がよく似合うこの人はシアンさん。
隣の住人で開けっ放しの俺たちの家を時々掃除したり、いろいろ世話を焼いてくれるいい人だ。
随分年上のはずだがそれを感じさせないのが彼女のすごいところ、それを言うと殺されかねないので黙っておく。
「そうよねぇ。普通に行ったらちゃんと出会えるはずなのにどうしたのかしら?」
「そりゃ、普通に行かなかったからでしょう?」
「林道のほうに行かなかったものねぇ」
「わかってたならなんで止めてくれなかったんですか・・・」
「だってすごい顔で飛び出して行っちゃったもの」
だんだん悲しくなってきたバッツはしゃがみこんだ。
久しぶりに顔が見れると思って帰ってきたというのにその目的の本人がいないのだ。
きっと心配してくれたんだろうけど、でもなんで行くかなぁ?
それも近道までして・・・。
隣町とこの町を繋ぐ林道はぐるっと大回りしている。
時間はかかるがその分道も広く、交通の便もしっかりしていて魔物も滅多に出なくて安全だ。
この町の人たちは林道を真っ直ぐな線で結んだ道のことを近道と呼んでいる。
八時間強かかる道のりが四時間で行けるというすごい代物だ。
しかし、その道は狭くて、足の踏み場も悪い、本当に道なのかって疑問を抱くようなのがずっと続いている。
一回通ったけどよっぽどの事が無いかぎり二度と通りたくない、そんな道。
俺はファリスと会わなかったからあいつは近道を通ったことになる。
そんなに急ぎの用事でもあったのか・・?





「まぁ、いないとわかったら帰ってくるでしょう。シアンさん鍵どこ?見当たらないんだけど」
「あなた持ってないの?」
「俺のはあいつのほうが早く終わる予定だったから渡したんだ。それと別にここに置いてるやつが・・・・」
そう言いながら扉の上の外灯に触れるがいつもの鍵の感触が無い。
「そこの鍵はあの子が持って行っちゃったわ。急いでいたわりにはきっちり鍵をかけて行ってくれたのよ」
じゃあ、あの子二つも鍵を持ってるのね。とシアンはのほほんと呟いた。
なんとも言いがたい表情を隠すように彼は顔に手を当てる。
その状態で沈黙を続け、急に顔を上げると踵を返して走り出した。
「迎えに行ってきます」
「賢明な判断ね」
シアンは慌てた様子で林道とは違う方に向かう青年の後ろ姿を見ながら軽やかに手を上げる。
そして、大輪の花のような笑顔を見せて見送った。















処女宮23日 18:27  隣町、酒場にて


「ついさっき出てってたぁ!?」
「ああ、暗くなってきたから帰るって・・・」
酒場の主人の無常すぎる言葉にバッツは本当に泣きそうになった。
四時間の道のりを三時間で突っ走り、汗だくになりながら向かったのは宿屋。
俺に会う目的ならまずそこに行くだろうと思ったから。
結果は虚しく空振り。
正確にはきたがもう出て行った後だった。
宿の女将に酒場に行ったのではないかという素敵な情報を頼りに急いできたものの・・・。
こっちも見事に空ぶったようだ。
それもさっきまで居たらしい・・・・・。
なぜ先にここに来なかったのか!!
どこまでも運が無い。



「どうしたんだ?今日帰るって昨日言ってたじゃないか。やめにしたのか?」
昨日夜半まで話しこんでいた主人にカウンター越しから覗き込まれた。
こんなに汗をかいてる俺を見るのが初めてだとかなんとか・・汗が噴き出してる俺って珍しいのか?
「帰ったけど、色々あってね・・・。そうか、出て行ったか。ありがとう」
カウンターで一休みしていたバッツは立ち上がると出口へ向かう。
また三時間走り続けか、と大きな溜息を落としながらトボトボと歩き出す。
「ちょっと待て!これから戻るのか!?そいつは駄目だ。明日にしな」
「何で?これくらいならまだ大丈夫だ。それに早く帰らないと・・・・・」
「今夜は駄目だ。忘れたのか?」
主人はそう言うと窓を見つめる。
その光景を見てバッツは気づいた。
窓の奥、つまり外はまだ夕刻というのにいつもより暗いように見える。
それもそのはず。
今日は、新月。
この辺り一帯の魔物たちが活性化する日だ。


今日はなんて最悪な日なんだ。
一人で大量の魔物の軍団の相手なんてこの疲労じゃ流石の俺もできない。
予定なら今頃二人で温かい飯を食べているはずだったのに!
今日もう何度したかもわからない深い溜息を彼は落とすと主人に言った。





「マスター、宿の予約よろしく」















処女宮24日 2:05 宿の一室


魔物の咆哮で跳ね起きた。
ベットに立てかけていた愛剣を摑むと窓を開ける。
瞳に映った光景に絶句した。
なんで気づかなかったの!?
ああ、もう俺ってバカ・・・。
魔物の軍団が町に襲い掛かっている。
きっと道を逸れた奴らが町に降りてきたんだろう。
剣をぎゅっと握り直すとバッツはそのまま上着も羽織らずに部屋を飛び出した。






「大丈夫か!!」
一階に降りると全身傷だらけの男が転がり込んできた。
傷の手当てをと思い、服を弄るが常備している薬草がない。
上着を置いてきたことに舌打ちをしながら苦手な回復の呪文を紡ぐ。
「歩けるか?」
「・・・あ、ああ。俺は・・助かった・・・・のか」
「喋れるならもう大丈夫だな。無事でなによりだ」
朦朧としている男は回らない舌に苦戦しながら言葉を発した。
中々、意識がはっきりしてきたのかしきりに頭を振っている。
その動きが止まると男はいきなりバッツの服を摑んだ。
「おっ俺を助けてくれた奴が一人であの大群の相手をしてるんだ!兄さん剣士だろ?助けてやってくれ!!」
開きっぱなしの扉から人影が見えた。
この男の言うとおりまともに戦っているのはそいつだけのようだ。
こうしている間にも次々と武器を持った剣士や旅人、賞金稼ぎたちが怪我を負い宿に倒れ込む。
魔物の声で目を覚ましたのか次々と従業員や客が降りてきた。
救急用具を片手に走ってきた女将を視界に捉えると彼は鞘から抜いた剣を持って駆け出した。
「女将さん!俺が出たら扉を閉めて、怪我人の治療を頼む!!」


















「ああもう!なんなんだよっこの量は!!!」
いきなり目の前に飛び出してきた魔物をぶっ飛ばしながらバッツは叫んだ。
そりゃ、この辺が新月のとき危ないとは聞いていてけど、これはひどすぎじゃないか!?
どこを見ても魔物、魔物、魔物!!
魔物の大安売りじゃないんだからさぁ・・・勘弁してくれよ。
とりあえずまわりを見渡してみる。
目に留まるのは蹲って倒れている戦士。
全員怪我をしているが奇跡的に死人はいないようだ。
だが、早めに治療しないと危険だろう。


そして、一ヶ所に群がる魔物に視線を向けた。
山のように積みあがって押し寄せている。
そこに近づくにつれて増えていくのは人ではない屍骸。
魔物の咆哮とは別に勇ましいくらいの声が聞こえてきた。



あそこだ。




すっと瞳を細めて前を見据える。
久しぶりの臨場感に体を震わせる自分がいた。






気持ちを切り替えろ。

あの頃を思い出せ。



何度か自分に言い聞かせると剣を握りなおし、彼は溢れる群れに特攻を仕掛けた。








「はぁぁっ」
両手に思いっきり力を込めて大群を横薙ぎにしる。
ボトボトと醜い音が散乱した。
少し開けた隙間に素早く滑り込んだ。
一匹の魔物の隔てて人影が見えた。

いた!

上体を捻り周りを囲む敵を蹴散らし、後ろ向きのまま気配を頼りに今まで一人で戦っていた戦士に体を預けた。


「無事か!?って・・・・あれ?」
背中が触れて瞬間、妙な懐かしさが体を駆け巡る。
相手も同じことを感じたようで気配が揺らいだ。
攻撃を繰り出すついでに振り返って戦士を見た。



そこには短めの剣を両手に持ち、素早い動きで斬りつけている藤の髪の戦士。
長い髪の間から微かに見えたのは鋭い萌葱の瞳。











会いたかった人がそこにいた。






「ファリス!?」
「バッツ!!」








瞳が重なった瞬間互いの名前を叫んだ。















処女宮24日 6:58 宿屋前


「あーあ、寝た気がしねぇ」
「俺も・・・体重い」
2人は欠伸を噛み殺しながら宿を出た。
昨夜あんな事があったものだから朝飯は期待できないだろうと思ったのだ。
あれから町の整備や怪我人の治療やらで結局寝たのは朝日が昇った後。
正直一刻も寝ていない。
「さぁ・・ぼちぼち行くか」
「そうだな」
重い溜息を落としながら鉛のような足を上げた。




「あっそう言えば!何で家で待ってなかったんだよ」
少し歩いたところでバッツはいきなり思い出し口を開いた。
今回の一件の原因はそこにあった。
こんなにも疲れることもなかったのにと不満げな表情を見せファリスを睨む。
「だって・・シアンが」
「シアンさんが?」
言葉を濁しながら呟く彼女を急かす様に繰り返す。
ファリスの口から出てきたのは隣人のあの女性。
可愛らしい笑顔を見せながら何を考えているのか全く読めない人だ。
その彼女の意味有り気な笑顔が脳内に浮かぶ。
なんか・・・嫌な予感がする。


「バッツが待ってるから行けって言うからさ」
ほら、やっぱり・・。
嫌な予感はよく当たるんだ。
「で、来たんだ?」
結論を促すとサラサラした藤の髪を揺らして首を縦に振った。



はぁと長い息を吐く。
何がしたかったんだあの隣人は!?
せっかく頑張って調整して無理やりもぎとった休日をめちゃくちゃに破壊してさっ
魔物か?魔物退治をやらせたかったのか!!
あの人ならやりかねないと思ってしまう自分が嫌になる。
どこからともなく情報を仕入れてそうだ。
そう考えただけで寒気が走った。




「あの人の手の上で踊らされてるみてぇ・・」
「いやぁ、鍵まで持っていけって言ったとこからおかしいなって思ったんだけど」
「思ったなら留まってくれよ」
流石に申し訳なさそうにファリスはこちらを窺う。
俺、そんなにひどい顔してるか?
確かに今は笑う気力もないけど・・・先のことも考えると。















「これから当分休みないからな」





「へ?」




俺の一言にファリスは抜けた返事をした。
そうだよなぁ。
そんなことあるなんて思わないよな。
俺も昨日まで思わなかった。


「昨日が唯一の休みだったんだ」
「嘘・・だろ?」
「ホント、今からまたお仕事」

固まってしまった彼女を視界におさめながら泣きたくなった。





俺はいつになったらファリスと2人っきりの時を過ごせるんだろう・・・。





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