「なんでここにいるの!?」

揺れる金髪の巻き毛を認識した後、柄にもなく叫んでしまった。











嘘と本当のその隙間











食堂から唸り声が聞こえてきた。
誰か腹でも壊したかと料理長はカウンターからひょっこり顔を出した。
他には誰もいない広い食堂でうら若き城主が腕を組み、眉間に皺を寄せていた。

「クルル様?何をそんなにお悩みで?」

「うーん、いきなりお休みもらっちゃってどうしようかと思って」

クルルは久しぶりにぽっかり空いた時間をどう過ごすか悩んでいた。
このところは真面目に政務をこなしていたので暇がなかった。
まわりの評価が鰻登りなのはいいことだが、
いきなりこんなことになると何をすればいいかわからなかった。
ようやく国政や周辺諸国の状況が見えてきて、
少しばかり楽しいとさえ感じてきているのに、である。



今日は東側の大陸の話を聞こうと思ってたのになぁ。



立てていた予定が潰れておもしろくなかった。
官吏たちが気を使い、午後を休暇にしてくれた気持ちは嬉しかったが‥。
飛竜にはご飯あげたし、モーグリたちは里帰り中だしやることないな。
拘束されているときはあんなにやりたいことがあったのに時間が出来ると意外に何もない。

「別に無理に何かをしようとしなくても‥」

「それはいや!次いつもらえるかわかんないもの」

働きづめの官吏たちのようなことをいう主に料理長は心の隅で涙を流す。
若いうちからこんなことではいけないとなんとか打開案を捻り出した。

「では侍女たちと買い物はいかがですか?」

「買い物か‥いいかも!」

我ながらいいこと思いついたではないか。
にっこりと大輪の花のような笑顔を見せる少女に陰でガッツポーズをとった。














「あ、そうだ。ミドを知らない?」

「学者の坊ちゃんですか?少し前に来ていましたが、
出るときに学者たちに捕まっていましたからまだ講堂ではないでしょうか」

「‥ミドはお客さんなのにもしかして私より忙しい?」

「否定はしません」

きっぱりと料理長は答えた。
料理のこと以外殆どわからない男だったが最近滞在しているお客様の多忙さだけはよくわかっている。
クルル様のご友人のあの少年は有名な学者なんだそうだ。
やってきた早々、うちの若いのたちが聞いてもいないのにベラベラと話してきた。
何でもいくつもの古代語が堪能で機工学に精通しているらしい。
そして大昔の要塞に住んでいて日々研究に勤しんでいるとかなんとか‥。
どこまで本当かわかったものじゃないが、うちの学者たちが浮き足立っていた。
なので朝、昼、夜と毎食いつも最低2人は少年にくっついている。
普段静かな奴らが興奮しているのはものすごく気持ちが悪い。
それを嫌な顔ひとつせず丁寧受けた質問に答えている姿を見せられていると
間違えても忙しくないとは言えない。

「私だけがお休みっておかしいよね!よしっミドも誘おう」

「是非そうしてください。学者たちは加減を知らなそうですから」

「心配してくれてたんだ。大丈夫だよ、ミドは嫌ことは嫌って言えるんだから。ありがとう、行ってくるね」

もう一度笑顔を浮かべたクルルは料理長に見送られながら食堂を後にした。























「え‥ミド殿ですか?」

「こちらではみてませんが」

「朝、お会いしたきりです」

「私たちも質問があるので捜しているのですが‥」























全部不発だった。
すれ違う誰に聞いてもわからないの一言。





どこ行っちゃったの?!
ミドってば私より隠れ上手なんだから。





ここまでくると意地でも見つけてやりたくなる。
クルルは当初の目的、買い物のことなどすっこりと抜け落として いつの間にか本格的なミド捜索に乗り出していた。
捜し始めて一時間が経とうとした頃、肩を叩かれた。
見覚えある顔で確か‥門兵所属だったはずだが。

「ミド見つかった!?」

「はい、クルル様が捜してると聞きましたので走ってきました」

にこやかに話す兵士にクルルは無性にありがとうと叫びたくなった。
少し前までは常に気を張っていなければいけない部隊だっただけに嬉しい変化だ。
こんな些細なことに平和を感じられて胸が苦しいくらい。が、その喜びも長くは続かなかった。





「いくら城内を捜してもいらっしゃいませんよ」

「‥はい?」









































見た目よりも少し重たいドアを押した。
カランと鈍いベルがなる。
こじんまりした静かな店内。
奥の窓際の席に彼はいた。
体はこちらを向いているが視線は下におろしたまま。
集中しているのがよくわかる。
クルルは溜め息をついた。
薄暗い明かり、BGMは食器を洗う音のみ。
雰囲気がカタパルトそっくり、どおりで通い詰めるはずだ。



店主がまじまじとこちらを見ていた。
ドアを開けたまま一歩も動かないのだから当たり前か‥。
指を一本立てるとクルルは当然ミドの向かいに腰をおろした。





いつの間にこんなお気に入りをみつけたんだろ?





座ってからまじまじと目の前の少年を見つめる。
これだけ近づいても気づかない彼は本当にすごい。



まずはスペースを作らないと‥テーブルの上に溢れている書物や紙片をまとめ始めた。
集中している彼には整理整頓という言葉は無縁だ。
ほっておけばどこまででも散らかしていく。


手にとって自然に書かれている文字を追いながらまとめていたが、
2、3度読み返して内容にぎょっとした。
バルに来るときにもらったものとほぼ同じだった。
その量が軽く倍に膨れ上がっているが‥。
彼はこの間の報告書では満足出来なかったんだろうか。
どこまで隙のない企画書を作る気なのか。
クルルは呆れて溜め息が止まらない。




そこにまるで機会を伺っていたかのようなタイミングで店主がメニューを差し出してきた。
一瞬止まってから笑顔を見せ、シフォンケーキとミルクティーを頼む。
出来上がるまで順番がバラバラなのでキレイに並べることにした。
こういうことは本気で苦手らしい。
仕上がりは綺麗だがそこに至るまでがいつもめちゃくちゃ。
あまり書いていく順番は気にしていないように思う。
しっかりと熟読して順番を決めていく。
何でこんなにバラバラで完璧な書類が出来るかがわからない。
ミドの頭の中は不思議すぎて困る。
彼はそれが普通だと思っているから余計に面倒くさい。


三分の一くらいをようやく並び替えた頃テーブルにはシフォンケーキとミルクティーが出揃っていた。
そのとき店主は何か言いたそうにしていたがいくら待っても返ってこない。
仕方ないのでありがとうと返すと曖昧な笑みを浮かべて帰っていった。
たっぷりトッピングされた生クリームは私好みだ。
想像以上の出来映えのケーキプレートに一気にテンションが上がる。
手をつけるのはもったいない気もするが意を決してフォークを突き刺した。
見た目を裏切らない味に大満足だった。
ふわっとした食感に甘すぎないクリームの組み合わせは満点をあげたいほど。








これを何回おかわりしたころで彼は私に気づくのだろう。














あのおじさんと賭をしてもいいかもしれない。








Photo by 「空色地図」






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