なくしもの




手を引かれながら幼い少年は雑踏の中を歩いていた。
人の壁を押しのけ前に進むことはもう慣れっこだ。
それに手もつないでいるから離れることはない。
前に一度迷子になってからは自分から進んで手をつなぎにいっていた。
ぎゅっと前を歩く大きな手を握りなおすと置いて行かれないように必死に歩く。


今日のとうさんはちょっと変だ。



いつもより早く起きて、いつもよりずっと早く宿を出た。
それから今まで何もしゃべらない。
元々無口なほうだけど、いつもなら俺が話しかけたらちゃんと答えてくれる。
それなのに今日は朝からほとんどしゃべらなかった。
今日のとうさんは「起きなさい」と「残さず食べろ」と「今から出るぞ」しか言ってない。
本当にどうしたんだろう。
どこか慌てているように見える。
いつも静かなとうさんが焦っている姿はなかなか見れるものじゃない。




「・・・っ」





ずっと歩いていたとうさんはいつの間にか立ち止まっていた。
それに気づかなかったおれは大きなマントに顔を埋めてしまった。
顔を上げると見慣れた看板。
つい最近読めるようになった字をゆっくりと口にした。

「さ・・か、ば」


いつも町や村に着いたら必ず寄るところ。
この町の酒場は一昨日いったばかりなのにどうしたんだろう。
外に出てから口を開かないとうさんを見上げた。
眉間に皺を寄せて難しい顔をしている。
つないだ手には汗が滲み出ていた。


やっぱりおかしい。



慌てておれはとうさんの手を両手で包み込み、力いっぱい握り締めた。
それに気づいたのか口元を緩めて、もう片方の手でおれの頭を撫でる。
その姿はいつものとうさんだ。
とうさんはおれを置いていかないようにゆっくりとした足取りで酒場へと踏み入れる。
手に引かれながらおれも入っていった。




つんと鼻を刺激する酒の臭いに顔をしかめる。
どうもこの臭いが好きになれない。
初めて入ったときは10分ももたなかった。
それをとうさんに言うと笑いながら、「お前にはまだ早すぎるか」と言われた。


とうさんはマスターから受け取った紙を見た瞬間余計に顔が険しくなった。
おれの目の前でこんな表情になったことないのに・・・。

嫌な予感がした。


「とうさん、おれにも見せて!」

両手を精一杯伸ばして訴えると迷った後渡してくれた。
紙にはたくさんの文字が並んでいる。
読めない字も多いけど読めるものを一文字ずつ口にして読んだ。


「タイ・・クーンのサリサ・・・ひ・・めが海に・・ゆ・・・・・不明」



おれは顔をあげた。
あまり理解は出来なかったけど良くないことが起きているのはわかった。
旅に出て、初めて出来たともだち。
年に何回か必ず行くお城で会ったサリサおひめさま。
年が同じでとうさんたちが何かを話している間いつも遊んでいた。
ともだちに何があったんだろう。


「何があったの?」

「サリサ姫が海に落ちて行方不明なったんだ」

「行方不明って何?」

「どこにいるかわからないってことだ」

「お城に行ってもひめさまいないの?」

「そうだ。だから今、みんな捜しているんだ」

「みんなさがしてるの?」

「ああ、みんな捜しているんだ」




「だったらとうさん、さがしにいこうよ」





紙をとうさんに渡しておれは言った。

「はやく行こうっ今すぐ行こうよ」


マントを引っ張りおれは酒場から出た。
そのまま引っ張り続け町から出るつもりでいた。


「待て、バッツ」

「何?」

とうさんはおれの肩に手を乗せ、止まった。
おれを怒るときの目だ。

「本気で言っているのか?」

これだけは譲れなかった。
いっぱい怒られても捜しにいきたいと思った。

「そうだよ」

「なんでそう思う?」

「みんなさがしているんでしょ?おれたちもさがせばもっと早く見つかるよ。
それに・・・サリサきっと泣いてるよ。早くお城にかえりたいって思ってるよ」

「わかった。捜しにいこう」

「ほんとに!!」

「ああ、でもその前に旅の準備だ」

「うん!あ、毛布もう1枚買ってね。海に落ちたんでしょ?寒いよ、サリサ風邪ひいちゃう」

「そうだな、そうしよう」


とうさんはおれの手をとった。
おれも握り返すとそのまま市場へと駆け出した。










































「・・・・っくしゅ」

「おいおい、大丈夫か?」

バッツは自分の毛布をファリスに渡した。
ファリスは慌ててそれを押し返す。

「えっいいって!平気だよこれくらい」

「ダメだ。このごろ寒くなってるし」

「大丈夫だよ」

「俺が大丈夫じゃないから被ってくれ」

結局押し切られファリスは2枚の毛布に包まれた。
確かに温かいが逆にバッツはマント1枚で寒そうだ。
申し訳ない気持ちになりながらもこうなったバッツは言うことを聞かないので溜息をついた。

「〜〜・・っ平気なのに」

「やせ我慢するな。風邪でも・・・・・・・」

バッツが驚いた顔をして言葉を詰めた。

「なんだよ」

こんなこと滅多にないのでファリスは心配になり続きを促す。
すると彼はこちらをじっと見て、微笑みながら口を開いた。












「風邪ひいちゃうだろ?」










Photo by 「Rain Drop」

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