もう少しこのままで・・・   後編








「バッツ、ねぇバッツ聞いてる?」




「え?」




突然名前を呼ばれ顔をあげた。
ここは大広間。
目の前には輝かしく豪華な料理が並んでいる。
どうやら1人料理に手もつけずにぼうっとしていたようだ。
「ごめん。ちゃんと聞いてなかった。もう一度言ってくれるか?」
みんなが料理を手に取っているのを見て俺も急いでフォークを掴んだ。
俺は大臣さんと話したあと疲れ果てて、死んだように眠り込んでいたところファリスの一撃で目を覚ました。
何回呼んでも起きなかったらしい。
殴られた腹が痛い・・・。







「どうしたの?調子がよくないようだけど大丈夫?」
食事が出来たときも中々起きなかったし・・とレナの心配そうな声音に慌てて首を横にふる。
「大丈夫だよ。少し疲れただけだ。いっぱい寝たからもう平気さ」
それで何を話していたんだと聞くと、
「ガラフがウォルスで妙なことを聞いたらしい」
そう切り出したのはファリスだった。
「何だそれは?」
「わしが耳にした話はな、なんとカルナックの兵士がウォルスに運び込まれたと言うものじゃ」
えへんと得意気にしゃべるガラフ。









手からフォークがほろりと落ちた。









「それをもっと早く言えよ!」









「バッツ…それはオレがもう言った」
驚きを隠せずにいるバッツを横目にファリスは呆れたように言った。
彼女は本当に聞いてなかったんだなと小声で呟いた。
「仕方がないのよ。ガラフはカルナックの場所を知らなかったんだから」
「すまんのぅ…。わしが場所さえ知っていればこんな回り道せずにすんだのに」
「記憶がないんだからしょうがないさ」
申し訳なさそうに気を落としているガラフにフォローをいれるファリスとレナ。















「じゃあ明日にでもウォルスに戻るか」




それに続いて気を取り直したバッツがにこやかに答える。




「そうね」




「じゃあ今日は目一杯食って明日に備えようぜ」




「よぉしっわしは食うぞ!」




「明日、いっぱい食いすぎて動けねぇ。とか言うなよガラフ!」
意気込んで食そうとするガラフにすかさずファリスは突っ込んだ。




「確かに・・くっ・・・」



その光景が容易に想像できたのか笑いを堪えきれずにふきだすバッツ。
だろ?とファリスは同意を求めながらにやにやしている。
最後はレナも笑い出した。




「なんじゃ!みんなしてわしを馬鹿にしおって!!」









久しぶりにタイクーン城の大広間からは賑やかな笑い声が絶え間無く響き渡っていた。

































―――夜―――













バッツはふと瞳を開いた。
さっきから何度も寝返りをうつがこれ以上寝付けそうにない。
夕方にあれだけ熟睡してしまったせいなのか・・・。
眠れずに苛々していると急に誰かの気配を感じた。
この足音の感じは・・・・・・・・ファリス。
誰も起こさないように気をつかって歩いてるのがよくわかる。
静かに動くその気配はだんだん離れて行き、途切れた。
どこに行くんだろう。
いつもならこれくらいのことじゃ気がつかなかったと思うけど今は目が冴えいる。
もしかしたらファリスも寝付けずに外に出たのかもしれない。
それならあとを追い掛けてみようか。
いや、1人で考え事をするつもりなら俺が行けば邪魔になる。
ただの気晴らしってだけかもしれないし・・。
でもなぁ・・・・うーん。











いろいろ思案したすえ、彼はむくりと起き上がった。
やっぱり追いかけよう。
あんまり考えすぎては体に毒だ。
ただでさえなんでも1人で抱えこもうとする奴なんだから。
俺が行って気を紛らわすことでもできればいいだろう。
なんだかんだ言ってファリスに会いたいだけなんだけど。
理由を考えなきゃ追いかけるのにも躊躇するなんて。
いつの間にこんなに情けなくなったんだと思いながら立ち上がってドアノブに手をかけた。
が、すぐに手を止める。
扉はまだ開かれていない。
ほっと一息すると音を立てないようにドアノブを離した。

今、目の前のドアを誰かが横切った。







これは・・・レナ?







レナと思われる気配はいきなり止まった。
隣の部屋の前で。
今はどこかへ行っているが隣に泊まるっているのはファリスだ。
彼女は控えめにノックをするとドアを開ける。
驚いているようだ。
部屋にいるはずの人間がいないのだから当たり前だ。
動揺が隠せないのかいささか乱暴にドアを閉め歩き始めた。
その行動は明らかにファリスを捜しているものだった。



ここは、出て行かないほうがいいよな。






バッツは彼女に気づかれないようそっと扉から離れ窓のほうに向かう。
カーテンの隙間から見えるのは青白く輝いている月。
ここからじゃ少ししか見ることができないがとても美しい。
もっとちゃんと見たくて彼は音がでるのも気にかけずに軽く窓枠を押した。
目の前に星の海から零れ落ちそうなくらいの月が飛び込んできた。



「きれい・・だな」



そう一言口の中で囁くと呆然と月を眺める。
久しぶりだった。
こうして夜空を眺めるのは・・・この旅に出る前は嫌と言うほど毎日見ていたのに。
急に何かに追われるように忙しくなってゆっくり観賞する時間なんてなかった。
まだまだこれからもやらなくてはいけない事はたくさんある。
クリスタルを守ること、そして陛下を捜し出すという目的。
他にも調べたいことは山ほどある。
だけど。
だけど今は無性に何もかも忘れてずっとこの月を眺めていたいと思った。


















それにしてもファリスのヤツどこに行ったんだろう。
月を眺めてはじめて半刻ほど経ったころ、自分が起き上がった理由を思い出した。
瞳に入った月があまりにも美しすぎて忘れてしまっていた。
あとレナもファリスを捜していたみたいだけど会えたのかのだろうか。
しかし何故こんな夜遅くに押しかけたりしたのか。
まさか気づいて・・・・・!

そこまで考えて深い溜息を落としす。
バッツは苛立てて、頭を乱暴に掻いた。
美しい夜景が広がっているのに心の中は目の前の景色と正反対だ。

ありえない話ではない。
もともと勘のいい子だからほとんど記憶になくても感覚で憶えているのかもしれない。
そうならあの時止めるべきだったか。
うわ〜、失敗した。
そこまで頭が回らなかった。
レナのあの調子じゃ意地でもファリスに・・・会っちまったよ・・・・・な。
ああぁっ畜生〜っっ
自分の不甲斐無さに腹を立てて頭を抱え込んだ。
その瞬間、ふっと背中が温かくなった。
外はまだ肌寒く、心地よいと言えるはずもない風が時々吹きつける。
それなのに温かい?
どうして・・・・。
少し考え込んでから目線を下に落としてみた。
バッツの胴回りには彼の手より小さめの手が回されている。
そして目の端には風が吹くたびに揺れてなびく藤色が見えた。
彼は誰にも聞こえないように笑いをこぼすと自分の身体に回された手に己の手を添える。
思ったよりも細くしなやかに伸びる指を撫でながらバッツは1人言のように語り掛けた。
「どうしたんだ?ファリス」
彼の言葉にぎくりと彼女は身体を強張らせた。
彼女は何かを恐れるようにバッツの身体にしがみついく。
その緊張を解くようにバッツは優しく手を撫で続けていた。
そしてある程度硬直が治まってきたのを見てもう一度たずねる。
「何があった?俺には言えないことか?」














「    」










背中から聞こえる声は弱々しくよく聞こえない。
声音は微かに震えているようだ。
「ごめんよく聞こえなかった。もう一度言ってくれ」



















「レナに姉さんでしょって言われた」
すぐには言葉を返せなかった。
やはりレナがファリスを捜していた理由はそのことだったのか。
苦い思いが胸に広がる。
自分でも気づかないうちに彼女の手を両手で包み込むよう握っていた。
「何て言い返したんだ?そうだよって言えなかったんだろう?」
発した言葉が終わるのと同時にファリスの体がぴたり止まる。
中々動き出しそうにないので彼女の手を少し緩め、振り返った。
瞳に飛びこんできたのは深緑の瞳をこれでもかと言うくらい広げたファリスだった。
「何故わかったんだって顔してるな」
ファリスの驚きようを見てバッツは優しく微笑む。
「だっ・・だって、オレまだ何も言ってないのに」
考えていることがすべてバレてしまったファリスは気恥ずかしそうに俯いた。
その動作がとても愛らしく思わず彼は口に出してしまう。
「やっぱり可愛いな、ファリスは。まぁそういうところが好きなん・・・」
「わーーーっお前よくそんな恥ずかしいことぬけぬけと!!」
言いかけた言葉をファリスの必死の叫びで止められてしまった。
反発した態度をとっているが彼女の顔は一面真っ赤に染まっている。
初々しい反応が昼の太陽の下でいる気風のいい彼女とは違って見えて新鮮だ。
それが嬉しくって自然に笑みがこぼれはじめる。
ニコニコ笑っているとファリスは耐えれなくなったのか拗ねたようにそっぽを向いた。
「ったく!人が本気で悩んでんのにからかいやがって!!」
「でも、ちょっとの間だけは何もかも忘れられるだろ?」
頭を傾かせ視線を合わせてから彼は告げた。
彼女と目を合わせるたびにバッツは笑って見せた。
少しでも負担が軽くなるようにと思っていたせいなのかもしれない。
すると、ファリスは自分よりも頑丈な胸へともたれかかった。
「ファリス?」 いつもと様子が違うので心配になって顔を覗きこむ。
薄い藤色の髪が顔を隠してよく見ることができないが辛そうではないことはわかった。
「オレはいつもお前に助けてもらってばかりだな・・・」
彼女は消えそうな声で呟いた。
「困ったときはお互い様、違うか?」

彼には彼女が今にも押し潰されるのではないかと思ってしまった。
いつも強気な彼女ならしないこの行動がそう思われた。
自分でもどうすればいいかわからず、ただできる限り優しく抱きしめるしかなった。



「ゆっくり、ゆっくり思い出せばいい。全部思い出したら、レナに言おうな。1人で寂しかったら一緒に入れやるからさ」



言い終わると、一層愛しく彼女のからだを抱いた。
そして沈黙。
闇に埋もれる世界の中、月だけが存在を主張している。
静寂のときの終わりを告げたのは彼女の言葉。



「バッツ・・・・」



「んっ?」



「サンキュ」































「お気をつけてレナ様」
朝早く、タイクーン城はいつもと違い騒がしかった。
門の前には4人の旅人。
またこれから続く旅のことを思い、表情は真剣だ。
桃色の髪少女−−レナは振り返ると軽く頭を垂れた。
それが合図のようにずらりと並んだ兵士の間を大臣が通り、レナの元に現れた。
「城をよろしくお願いします」
「はい。お任せ下さい。我々が必ず護りとおして見せましょう」
今度は深く頭を下げるとレナは広がる世界へと足を踏み入れた。
つられてガラフも門をくぐった。
ファリスとバッツはお互い視線を合わし、2人で出ようとしたが急にバッツが足を止めた。
大臣が彼の隣に立つと微笑んでから会釈をした。
「バッツ殿、レナ様とファリス様をよろしくお願いします」

ファリスは頭をかしげる。
何故、自分の名前も入っているのだろう。
レナならわかるがどうして自分もなのか・・考えてもわからなかった。



「ファリス様」



「はっはい・・・なんで・・しょう」



頭を絞って考えていると名前を呼ばれ何事かと思いながら返事をする。
ゆっくりファリスの手をとると大臣はそっと握り締めて微笑みながら呟くようにこう言った。




「どうぞご無事で。貴女様のお帰りをお持ちしてます」




大臣の言葉の意味に気づいた彼女は驚きを隠せずに少しの間固まっていた。




彼女は慌ててバッツを見ると彼は優しい眼つきでこちらを窺っている。




正面を見直すと、自分の手を握る大臣も慈しむように笑みをたたえていた。




2人の様子に観念したのかファリスは困ったような表情を浮かべながら恥ずかしそうに返事を返した。




「はい。・・・・・今度は必ず、ゆっくりと・・」































魔物が徘徊するこの世界。




4人の旅人は飛竜に跨ると颯爽と飛び立った。




あとは巻き上げられた風が残るのみ。
























もう少し。




もう少しこのままで・・・・・。









                           END



+++Postscript+++








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