日が傾きはじめている。
この国の妹姫が無事帰還して数時間が経っていた。
美しい景色を持つタイクーンの空が鮮やかな朱色に染まった。
窓から見えるその絶景を横目に真剣な様子で話し合う2人の男の姿がある。
1人は初老の男性、彼は皺だらけの手を自分の口あて、もう1人と目が合わせられずに下を向いたまま動こうとしない。
その表情は硬く、苦そうに歪んでしまっている。
初老の男の向かいに瞳を閉じて座っているのは茶色の髪をしている青年。
ぴんと伸びた背筋は青年を何倍にも大きく見せていた。
互いに座ったまま黙りこんでかれこれさ30分は経つのではないだろうか。
ついに待ちきれなくなったのか青年は硬く閉じていた瞳を開いた。









褐色の髪の間から見え隠れしているのは青。









それは天空に果てしなく広がる大空を連想させるほどのきれいな青だった。









もう少しこのままで・・・   中編









すべて話した。








大臣さんに・・俺が知るすべてのことを。








はじめは素直に行方不明になっていた姉姫が生きていたことを喜んでいたが、
俺の話が進むにつれ彼の顔が曇っていくのがわかった。
それでも俺は話した。
話さなければならないと思った。
このことで少しでもファリスの心の負担が軽くなることを信じて。


彼が何故こんな複雑な顔にしているかはわかっているつもりだ。
生きてはいないだろうと言われていた人が生きていた、それは喜ばしいこと。
しかし、そのあとが重要だった。
彼女は故郷タイクーンを忘れ、父、母、妹のことも記憶から消えてしまっていた。
それに彼女が拾われた先は海賊。
汚いやり方で生計をたてる商船しか狙わない義賊だとしても、明らかに彼女にとっては不利な状況になってしまう。




彼だって自分と同じように辛いのだ。
でも一番辛いのはファリスだと思うから・・・ここはひくことができない。
彼はきっとうまく事を運んでくれるに違いない。
だから・・あとはすべて彼の判断に任せようと心に決めた。
ここで彼が反論を唱えても無理にでも納得してもらうつもりだ。
さぁ、来いと意気込んでいると大臣は重そうに面を上げた。


「そのことは私1人の心に留めなければいけませんか?」


いきなり何を言うんだろう。
このことはまだ誰にも話してはいけない。
「もちろんです。こんなことを他の人になんて知れたらどうなることか・・・」
他の城の人にでも喋ってしまえば次の日にはタイクーン中に広まるだろう。
それは何としてでも避けたかった。
彼女が・・・ファリスが傷つくから。
俺が大臣さんに全部話してることもバレるとその時点で傷つくんだろうけど・・・・。
うーん、バレませんように。


「それはわかっています。他の城の者には他言はしません」


他の人には話さないとなると残りは身内。
つまりファリスの妹となるレナ。
レナには個人的にもまだ黙っておいたほうがいいと俺は思っているし、ファリスもそのつもりのはず。
あんなに一生懸命になって残りのクリスタルを守ろうとしているのだ。
それに今は陛下のことだけを考えるのに専念させてあげたい。
「レナ姫にもまだ・・・・、ファ・・いえ、サリサ姫は戸惑っておりますので」


「ええ、姫にも可哀そうだとは思いますがまだお伝えするべきではないでしょう」


レナでもない。
では、誰。
彼がファリスのことを一番最初に伝えたい相手。
「では・・誰に?」


「ジェニカ殿です」


彼は小さく呟くように俺に言った。
覚えていませんか?と。
「あ・・・・・」
俺にいきなり昔の記憶が戻ってきた。
薄れていた思い出が鮮明に甦る。
あの幼かった頃の日に。
親父に連れられタイクーンに訪れてはファリスとレナと遊んだ。
レナはまだ赤ん坊だったから覚えていないようだけど・・。
ファリスと遊んでは一緒にいたずらし、怒られ、泣く。
その繰り返しだったと思う。
そしていつも怒るのは・・・ファリスの養育係だったジェニカばっちゃん。
ばっちゃん、ばっちゃんと何度も呼ぶと何もしていないのに怒られた。
「私はまだ婆ではありません」と意気込んで言うのだ。
それがおもしろくて何回も繰り返すうちにファリスも混ざってきて最後はやっぱり2人して怒られた。
その情景が昨日のことのように思い出され俺は小さな声を出して笑った。















「息子殿?」
大臣さんの不信がる声ではっと我に返える。
「あっいいえ。なんでもありません」
「それでその、ジェニカ殿には・・・。彼女はサリサ様を本当に気にかけていらっしゃいました。ですから・・・・・」
「彼女に告げる告げないは大臣さんが決めてください。でも話す場合は他の方には内密にとお伝えください」
大臣さんの言いたいことは手に取るようにわかった。
身体の弱い王妃に代わって幼い姫の教育をすべて請け負った女官長。
彼女がファリスのことを心配しないはずがない。
俺もなんて抜けていたんだろうと思う。
ばっちゃんを忘れるなんて・・・・・抜けているのにもほどがある。
彼女ならいいだろう。
他言するなと言われれば彼女なら誰にも話さないはずだ。
「わかりました。内密にお伝えさせていただきます。ジェニカ殿は喜ばれることでしょう」
俺の言葉ににこやかに彼は答えを返してくる。
「お願いします。大臣殿」
俺は座ったまま、できるだけ深く頭を下げた。
いきなり現れた俺の話をすべて信じてくれた彼の寛大さににただ頭を下げることでしか礼を述べられない。
感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。





「お顔をお上げください、息子殿。しかし・・まぁ立派になられた」
彼は手を俺の頬に当てるとしみじみそう言った。
少々恥ずかしい気分になったけど、15年ぶりの再会に喜んでいるのは彼だけじゃない。
「そうですか?」
「ええ。ますますお父上に似てこられた。ドルガン殿は今どちらに?」


そうか、ここではまだ親父は生きているんだ。
知らせなんて送らなかったから・・・というか送り方を知らなかったと言うのが正しいか。


「3年前、病気で・・・・」
「そう、ですが。それは何も知らずお辛いことを聞いてしまって申し訳ない」
「大臣殿・・気にしないでください」
「お優しくなりましたね。ドルガン殿はあなたのような立派な息子を持てて誇りだと思いますよ」
その言葉を聞いて嬉しくなった。
ろくに親孝行する暇もなく逝ってしまった両親達。
彼らが自分のことをどう思ってくれているかなんて子どもの俺には到底わからないことだからそう言ってもらえて嬉しかった。








「それでは、夕餉のときに・・」
彼はきれいに立ち上がるとにっこり笑う。
「はい」
「失礼させていただきます。ゆっくりと静養なされてください」
「ありがとうございます」


ゆっくりと彼は部屋から出て行った。


さて、夕餉まで何をするか・・。
レナの部屋にいくのも気が引けるし、ガラフは疲れていたから寝てるだろう。
ファリスはいろいろあったからゆっくり休んでほしいし・・・。
どうしよう。
考えをめぐらせながらぐるぐると部屋を歩き回る。
ふと窓を見ると外に広がる山々が映った。
心惹かれ窓に手をかけた。
清々しい風が頬を撫でる。
目の前に広がる空は美しいほどの茜色だ。
日はだんだん落ちかけているがまだ暗くなりそうにない。






ここは確か日が落ちると同時に夕餉のはずだから―――。
少し時間がありそうだし、俺も寝ようかな。






「 っ!」

そう思った瞬間足がふらついた。
慌てて窓枠をつかむ。
今まで気がつかなかったが相当疲れていたらしい。
突如襲ってきた眠気と戦いながらベットへと進路を向けた。
上品なベットに頭から突っ込んだ。
きっちりと整えられていたベットが見る見るうちに乱れていく。
枕に顔を埋めた柔らかな感触がさらにバッツの眠気を襲う。









俺も知らないうちに気張ってたんだなぁ・・。
それに気づかないのが俺らしいかも。
ファリスもこんな風に楽になれたらいいのに。
ってそんな簡単にいくはずないか。









ああ、疲れた









そして、彼は意識を手放した。


































頭に過ぎるのは辛そうに歪む彼女の顔。









俺じゃ何の役にも立たないのか?









――― ファリス ―――








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