どれくらい経ったのだろう。

あの日から・・。

随分長い時が過ぎたようで、

そんなに時は流れていない。

寝起きの良い自分には珍しく、朝が気だるかった。

理由はわかっている。

嫌って言うほどに・・・。



窓を開けると、憎らしいくらいの青空が広がっていた。







  旅立ち日和







いつものように彼女はいつもの道を歩いていた。
この日課はもう2年目に突入しようとしている。
自分がこの町にいるときは必ずこの道を毎回同じ時間に通る。
初めは物珍しさから、途中からは恋焦がれながら、今は生活の一部になってしまっている。
目的の人はもういないというのにコレをやめようとは思わなかった。

だって、まだひとり残っているもの。

うん、うんと頷きながら彼女の足取りは軽やかだった。
今日の空は一段と青く澄んでいて綺麗だ。
まるであの人の瞳のように雲ひとつない真っ青な青空。
元気にしている?と心の中で呟き、視界に見慣れた建物を見つけると駆け出した。




カラン、カランと扉を押すと小さな鐘の高い音が響いた。

「おはよう、レダ。毎朝早くからごくろうさまね」

レダはいつもと違う出迎え方に首をかしげた。

「あら、どうしてアイミィがいるの?女将さんは?」

いつものとおりならやわらかい笑顔でこの宿の女将が優しく出迎えてくれるのに今日は娘のアイミィがいた。
レダと同じくらいの年頃で黒く真っ直ぐ長い髪がとてもよく似合うこの宿の看板娘だ。
年が近いせいかふたりはよく気が合い、暇さえあれば遊んでいる。
おっとりした母に似ず、父譲りのしっかり者に育った彼女の欠点は朝。
アイミィが朝市の立つ時間に起きているのは今まで見たことがない。
それほど、朝に弱いのだ。

「昨日から調子が悪くって、今日は私が代行。そういうわけで約束してたお昼、また今度でもいい?」

目の前で両手を合わせて頭を下げる彼女にレダは笑みを漏らした。

「仕方ないわよ。お店は逃げないし、日替わりランチは食べ損なっちゃうけど」

「それを言わないでよ!私楽しみにしてたんだからー!!」

「きっと、今日は食べちゃダメって神様が言ってるのよ。次の機会まで待ちましょ」

よほど楽しみにしていたのか鬼気迫った表情にレダは生唾飲みこんだ。
必死にフォローも入れてみるがどこまで効くかわからない。
笑顔の裏で冷や汗を流していると天の一声が聞こえてきた。
奥の厨房からのようでよく聞こえないがアイミィを呼んでいるのは確かだ。
その声でコロッと表情を変えた彼女は流石と言うべきだろう。
店の顔に戻った彼女は軽く返事をしてレダに一言詫びると受付を離れた。
奥に入り込む前に思い出したように振り向く。


「ねぇ、シャドさんって長期の仕事でも入ったの?」

「どうして?」

「昨日の晩に半年分の家賃一気に払いに来たものだから」

「へ?」

「知らないならいいわ。いきなりだからびっくりしただけだし、じゃあね」


忙しそうに駆けていったアイミィの後姿を呆然と眺めながらレダは固まった。
呼び止めようとした右手が宙に浮いたまま動かない。
一生懸命昨日の出来事を一から思い出してみる。
昨日も朝のお稽古が終わってからここに来て、それから他愛もない話をしながらご飯を食べて別れた。


・・・・。

聞いてないわ。そんな話!!


ゆっくりと滲み出てきた怒りまかせに階段を駆け上がり、ノックもせずに目的の扉を乱暴に開けた。









「うおぅっなんだぁ!?どうした?」

「なんだ?じゃないわよ!長期の仕事なんて聞いてないわよ!!」

「第一声がそれか・・」

シャドは結びかけていたブーツの紐を手放して溜息をついた。
毎朝、毎朝同じ時間にやってくる少女はいつもよりご機嫌が斜めらしい。
おはようの言葉もなしに怒鳴られてはこちらとしてムッとくるところもある。
せめて挨拶は必要だよなぁ・・。

「もー!!何で私が先に驚かなきゃいけないのっ せっかくアンタの悔しがる顔が見られると思ったのに!」

「なんだそれ?」

キーっという効果音でも聞こえてきそうなくらい興奮している少女に呆れながらもこのままではまともに話も出来なさそうだ。
仕方なく近くにあった愛用の枕を差し出してやった。
無事に帰ってこいよ。俺の枕。
少女はそれを奪い取ると力いっぱい投げつけた。
朝からかなり迷惑な音が三階中に響き渡る。
誰かが起きたらどうしようと思いながら、肩で息をする少女に目をやった。

「お気は済みましたか?お嬢さん」

「まだまだ足りないけどね」

余程気に食わないのかこちらを見ようとしない。

おうおう、一人前にスネやがって。

「今日は一段と機嫌悪いな」

「誰のせいだと思ってるの」

「・・・誰だ?」

「あんたに決まってるでしょ!!!」

思っていたとおりの言葉にシャドは笑い声を上げた。
この少女の返答はいつも変わらなくて面白い。
だからついその方向へともっていくのだが。

「ほらほら、機嫌直せ。飴ちゃんやるから」

「・・ちょっと、子ども扱いしないでくれる?」

落ち着いてきたのか不貞腐れながらレダはベッドに腰を下ろした。
きちんと飴玉を奪っていくところがちゃっかりしてやがる。



「まったく来て早々大暴れしてくれたな」

「それはシャドが悪いのよ。昨日何も言わなかったじゃない」

「その後決めたからだろ」

「嘘。用意周到なあんたがいきなり決めるなんてありえないわ」

ちっ子どものくせによく見てやがるぜ。
黙っていたことに大した理由はない。
単に自分のことにいっぱいいっぱいで他に目がいかなかっただけだ。


「どうせバッツのところに行くんでしょ?もう別に気をつかわなくてもいいのに」


少女の言葉に彼は目を丸くした。
そうとってくれるのか。
まぁ、確かに考えなかったわけではないが・・。

「そういうことにしといてくれ」

「素直じゃないのね。で、どのくらいかかるの?」

「二、三ヶ月とみているがどうなるか・・余裕もって半年だな」

「場所はタイクーンだからぁ・・・同じくらいかしら?」

ぶつぶつと何かを計算しながらものを言う彼女に男は怪訝な表情を見せた。
その顔に気がついたレダこれとばかりに可愛らしい笑みをする。

「私も行くのよ。タイクーン」

「はぁ?」

「来年レナ姫が御成婚なんですって、それから女王に即位されるとか。
それを発表するパーティがもうすぐあってね、姐さんたちが稼ぎ時だって乗る気なの」

「なるほど、行く先々で荒稼ぎして帰ってくるってことか」

「もうちょっといい言い方してよ」

「これ以上どう言えっていうんだ」




確かに、と消えそうな声で呟いた少女と二人して吹き出した。






















「タイクーンで見かけたらタダで芸を見せてあげるわ」


太陽が南を指す頃、ジャコールの町の入り口に彼らはいた。
レダは得意気にシャドに向かってそう言い放った。

「うーわー、それは恐怖だな」

「なにそれ!せっかくこんなに若くて可愛い子が言ってあげてるのにっ そんなおっさんだから女の子にモテないのよ」

「お・・おっおっさんだぁ!?まだ25だ!」

「私からすれば25なんておっさんよ」

「・・・・っ」

何も言い返せない自分が悔しい。
とりあえず睨んでは見たが負け惜しみにしか見えないだろう。
レダが勝ち誇った笑みを見せる。
ああ、やっぱり・・・。





「それじゃ、いってらっしゃい」

「・・・」

「どうしたの?」

「いや、いってくるわ」



少女に片手を上げて返事を返すと彼は歩き始めた。

思えば人に見送ってもらうなんて何年ぶりだろう。
うちにもあんな妹でもいれば出て行かずに済んだのかもしれない。
レダくらいの頃の自分にはあの家は窮屈すぎたのだ。
あの頃は何が嫌だったかなんてわかろうともしなかったけど、今ならちゃんと理解できる。
でも、あそこには二度と行きたくない。
が、この頼まれ事は行かなきゃ相当苦労するはずだ。

彼は深い息を落とすと、両手で頬を叩いた。

・・・まったく、お前のためにここまでやってやるんだからありがたく思えよ! あーあ・・俺ってすげぇイイ奴。

気乗りしない足取りでシャドは空を見上げた。





「本当に憎らしいね。嫌でもお前を思い出しちまうよ」







彼の約十年ぶりの里帰りはこうして幕を開けた。








Photo by 「MIYUKI PHOTO」



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