遠くに花火の音が聞こえる。
ドン、ドンと途切れ途切れでなる音の合間に賑やかな歓声が微かに耳に届いた。
自分の記憶では今までこんなに盛り上がりを見せたことは一度たりともない。
それだけ今日と言う日は素晴らしい日になったということだろう。
タイクーンの一兵卒であるセトはうんうんと首を縦に振りながら木々の奥を隈無く見渡す。

異常なし、口の中で呟くと更に奥へと歩を進めた。

楽しげな音が少しずつ途切れがちなるのを感じながら。
兵士としてはまだまだ未熟な自分は命令あればこうして動かなければならない。
たとえ女王陛下の婚儀を祝う式典の真っ最中であったとしてもだ。
偶然城内の警備に配置が決まった時の同僚のあの喜び様といったら‥
思い出しただけでもすごく憎らしい。


俺だってレナ様のお姿見たかったのに!


誰も見ていないのをいいことに思わず地団駄を踏んだ。
今頃あいつは呆けた顔をしてあの英雄たちを眺めているんだろう。
この機会逃すと全員揃ったところなどもう見ることは出来ないのに!
思い描いただけでも心が踊る。
この度ようやく帰還されたサリサ様、レナ様と仲の良いバルのクルル姫、
そして最後のひとりにセトは憧れを抱いていた。
三人をまとめ導き、最後の戦いで散ったと思われていた彼の人を。
この一月の間一度だけ出会った。
小さな小さな姿を瞳に収めたのだ。
出会ったという表現は些かおかしいがセトはそれだけで
心臓が壊れてしまうんじゃないかと思うくらい興奮していた。




バッツ・クラウザー様‥




名前だけで胸が高鳴る。
同僚にはそれじゃただの変態だとからかわれたが全く気にもしなかった。
強い人に憧れて何が悪いと逆に開き直って見せた。


この時彼は憧れの英雄を目の前で拝めることができるなど夢にも思っていなかった。




奥へ奥へと進んで行き、見たこともない異形を目にした時でさえ思うことが出来なかった。











マワル世界











「ごめん」

何か言いた気な四つの視線に絡まれながらバッツはポツリと言葉を漏らした。
何に対してなのか問いただしてやろうと意気込んでいたレナは バッツのあんまりな姿にキツい言葉を飲み込んでしまった。




そんな顔は反則だわ…。




溜め息を漏らすとクルルと目が合った。
きっと私はこの子と同じ顔をしているのだろう。
私たちは無条件にバッツとファリスに甘いらしい。
丁度一年程前にクルルが見たこともないくらい怒ってタイクーンにやってきた。
正確には押し掛けて来たというほうが正しい。
あれほど怒り狂ったクルルを見たのはあれが初めてだった。
相手は言うまでもなくミドだ。
なんでもクルルは甘すぎると面と向かって喧嘩を売られたらしい。
手の着けられない彼女を宥めるのに労力を費やし詳しい話は聞けなかった。
というよりこちらにしては二人が喧嘩をしたことに衝撃を受けてそれどころではなかった。
よくよく聞いていると彼女たちにしたら日常茶飯事だったと言うのだから驚きだ。
今でも隣に心配そうにバッツを見ているこの少年がそんなことをいうようには見えない。










「バ‥」

「ほっんとごめんって!」

ぱちんと両手を合わせてバッツは頭を下げた。



ああ‥やってしまった。



クルルは呼びかけた名前を途中で止めた。
自分の間の悪さに奥歯を噛む。
何か言わないといけなかったのに何も出てこなかった。
それが出来たら何かが変わっていたかもしれないのに。
次、顔を上げたバッツは笑っているだろう。きっと悪戯が過ぎた後に許しを乞うようなそんな‥。

「ちょーっと虫の居所が悪かったみたいなんだよ。ちゃんと後で謝るからもうそんな目で睨まないでくれよ」

眉弓を下げ、困ったように笑ったバッツは主役なのに台無しだぞーと軽く言いながらレナの頬をつつく。

「もうっやめてちょうだい」

「そうそう。その笑顔」

こうなってはもう彼のペース。
これを崩すには勇気がいる。
聞いてくれるな と体全体で言われているからだ。
旅の最中誰よりも優しかった彼は誰よりも自分の弱い姿を嫌う。


きっと姉さんよりも‥。


彼の生々しい感情を目の当たりにしたのはリックスが消えた時がはじめてだった。
それ以来見ていない。
少し哀しかったが不思議と悔しいと思うことはなかった。
たぶんクルルもそうだと思う。
仲間と言っても彼にしたら私たちは守る対象に入ってしまう。
どう足掻いてもそこから出ることはない。
それがわかっているからかもしれない。


だから逆に怖い。



彼の領域に踏み込んだときを思うとすごく‥。







彼のことだ優しいはずだ。








優しくやんわりと、









拒絶するんだ。






















「‥あれ、何?」

徐にミドがテラスを指差した。
テラスの向こう側、美しいタイクーンの森が広がるその先に細い赤黒い煙が3本立ち上っている。
それを目におさめるとレナは駆け出した。

「レナ?!」

「あれは‥っ申し訳ありません。私も失礼します」

「待ってくれ!あれはなんだ?」

真っ青な顔で慌てて後を追うライの腕を掴んだ。
一瞬、瞳を迷わせると小さく途切れそうな声音で呟いた。

「狼煙の魔法です。赤黒いものは危機的状況を示しています。上がる数が多い程その危険性は高くなる‥」

自分たちの視線の先には間隔は近いが3本の狼煙が上がっている。

「えっじゃあ!」

「3本上がったことなど数える程しかないと聞いていたのですが‥」

「俺たちも一緒に」

「ありがとうございます」

彼は目礼すると途端に柔和な微笑みを見せ、窓を閉めた。
まだ異変に気づいている人間は少ない。
優雅な足取りですれ違う人たちと挨拶を交わし、呆然と見つめる3人を尻目に大広間を後にした。
その際、警備をする兵士たちにも状況説明も忘れない。
顔に似合わず彼は出来る人間だったようだ。
我を忘れ、眺めるだけだった3人は頷き合うと2人はさっと気配を消し足早に、1人は至って普通にその場を去った。


























嫌な予感がした。



びくりと体を震わせファリスは目を開けた。
汗も酷いが泣きはらした目が異様に重い。
何の夢を見ていたのか目を開けた瞬間に飛んでいってしまったが嫌な予感だけは残っている。
額の汗を拭うと起き上がった。
何もする気にならなかったが不安だけが先走っている。


「酷い顔だ」

鏡に映った自分はそれはそれは酷い顔をしていて、ファリスは力無く笑った。
飲む用のポットの水で無理矢理顔を洗うとドレスを脱ぐため装飾品を外していく。
これは自分には必要ないものだ、と不思議と思った。
身軽な体で引き出しを開けると、なんとか着れそうなものが敷き詰められてある。
見覚えはないがきっとレナが揃えてくれたのだろう。
本当によく気がきく妹だ。
苦笑をもらすと適当に1枚取り出した。
そしてもう一度鏡を見る。
先程よりは幾分ましだったが、情けない顔をした女がいた。
思いっきり両手で頬を叩くと鏡を睨みつけて、ファリスは部屋を後にした。








Photo by 「空色地図」






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