「こういう時なら触るんだな」













そう発した後のバッツの顔が頭から離れない。
頭がぐちゃぐちゃだ。
どうしてあんなことを言ってしまったんだろう。
言ってしまえばどうなるかなんてわかりきっていたはずなのに。
あいつのあんな顔を見たくなかったのに。


ある時気づいてしまった。


気のせいだと思いたかったが日に日に現実だけが叩きつれられただけだった。











あいつは絶対に触れない。











普通に話すし、笑顔も向けてくれる。
それなのにジャコールを出た後から触れ合うということをしなくなった。
どんなに近くいようともその距離が縮まることはなかった。
まるで見えない壁が一枚あるかのように。
それだけで何もかもが遠い存在に思えた。
その事実がどうしようもなく辛かった。







・・・待てば良かったのか?



あいつが言ってくれるまで?


言ってくれるとも確証がとれないのに。



何を言われるかもわからないのに。



もうどうしたらいいのか。
どうしたいのかさえわからなくなってしまった。










ファリスはベッドに沈み込んで溢れ出るものを堪えることもせず、枕に顔を押さえつけた。











マワル世界











バッツは両手で顔を覆うとテラスの縁にうなだれた。
ここから見える景色は素晴らしく美しいはずだがそれを見る余裕なんて捜しても欠片もない。



自己嫌悪もいいところだ。



あんなあからさまな態度、いつ気づかれてもおかしくなかった。
今まで言われなかったのが不思議なくらいわかりやすい。






どうしてこんなにファリスに触れるのを躊躇してしまうのか。












隣に、近くにいるだけであんなに幸せなのに。



心が温かい。



すごく満たさせる。



彼女が好きだという気持ちは確かにここにあるはずなのに。







自分でさえわからないのだ。




伝える言葉が見つかるはずがない。
今、何を言おうともただの言い訳にしかならない。























「バッツ様?」


弾んだ息を整えながら呼んだ声にどこを見るわけでもなく、
虚ろにテラスに佇んでいたバッツはゆっくりと振り返った。







ライは柄にもなく慌ててここへやってきた。
祝会が行われている大広間を走って横断するなんて普段なら有り得ないことだ。
その有り得ないことをしてしまうほど胸がざわついた。
最近知り合ったばかりの可愛い友人たちのあの暗い表情を見てしまった以上慌てずになどいられなかった。
レナもふたりの顔を見てすぐに表情を変えた。
口喧嘩なんていつものことだと言っていたのに。
それだけあのふたりの行動が異常だった。
異常すぎたがそれに気づいてもどうするわけにもいかなく、この祝賀会から出て行くことも出来ずに
立ち往生しているところに、タイクーン王家の紋章が目を掠めた。
行き交う人と人の隙間の向こうに微かに見える。
反対側の隅のテラスに青いマントの栗毛の男が立っている。






彼だ。






そう思った瞬間ライは駆け出した。





















「何か?」

振り向いた彼は何を感じさせることもない微笑を称えている。
すごく優しげではあったがどこか儚い。
それが逆に胸を締め付けた。

「あ、‥いえ。姿が見えなかったので」

見つけてどうするかなど考えてなかった。
内心慌てながらそれらしいことを答える。

「もしかして捜して下さったのですか?」

申し訳なさそうに駆け寄るバッツにライは何も言えなかった。
己に出来るだけの笑みを浮かべて返す。
この時、いつでもいつでも微笑を出せるこの環境に育ったことに感謝した。

「はい。主役がいなくなってはいけませんよ」

「あー‥やはりいないといけませんか」

苦虫を噛み潰したように歪ませたバッツに軽く吹き出した。
主役はお二人なのだから自分がいなくてもなどと言葉を続けた彼に困った顔をむける。
余程嫌らしいが・・・。

「確かに慣れないと辛いところではありますが、あと少しだけ我慢してくださいね」

「わかりました。あと少しなら戻りましょう」

深く息を吐くとバッツは華やかな会場へと歩を進める。











よかった。






ライは笑顔を貼り付けながら安堵していた。

あと一言でも会話が続けばどうなるかわからなかった。







口を滑らせていたら今頃‥。







知らぬ間に握り締めていた拳を緩める。










何故‥。




























「あなたは何をそんなに恐れているのです…」
































空気に溶けるように小さく呟いた。






この一言で今の朗らかに装っている彼はきっと崩壊してしまうだろう。
それがわかってしまったから容易には言えなかった。
きっと誰も気づいていない。
当の本人でさえ・・・。
外にいる自分だからこそわかった。
彼に出会ったときからずっと始めから抱いていた違和感。
ようやくわかった答えにつっかえていたものがすっと体の中に馴染んでいった。
清々しい気持ちになったがそれと同時に辛くなってしまった。





言えない。





言っては駄目なのだと、必死と止める自分がどこかにいる。







これは自分自身で気づかなければならないこと。







易々と口を挟んでいいことではない。














「え、何か言いました?」

「いいえ、何も」

ゆっくり首を振りライはバッツの隣まで歩くとガラスの扉を開け、会場へと誘った。













「一緒にレナのところまで行きましょう。そこに居れば囲まれることもないでしょうから」








Photo by 「空色地図」






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