空は晴天。
雲ひとつない澄みきった青空。
お祭りにはぴったりな日だ。
タイクーンは歓喜に溢れかえっていた。
レナは喜びの中心で美しく微笑んでいる。
今日の彼女は一段と綺麗だ。
ファリスは自分の置かれた状況をそっちのけで喜びを噛み締めていた。
レナの側を片時も離れずに寄り添っているライもとてもいい表情をしている。
いい奴で良かった。
レナが選んだのだから間違いなんてあるわけないが自分にもわかるほどレナを大事にしている。
本当はこんな格好をさせられどうしてくれようかと思っていたがあのふたりの顔を見ているだけでお釣りがくる。
そう思えることが嬉しかった。
遠目で眺めているとライがこちらに顔を向けた。
視線を感じたんだろう。
ファリスは少しだけ口元を緩ませライを見た。
目が合った瞬間彼の表情は陰りを見せ、申し訳なさそうに首を傾げた。




別にあいつのせいじゃないんだけど‥。




ファリスは気づかれないように溜め息を吐いた。
さて、どうしよう。
目の前には顔という顔が所狭しと並んでいる。
横を見ても顔、きっと後ろを見ても顔しかないんだろう。
ただでさえ憎きドレスに締め付けられて辛いっていうのにこう囲まれていると息苦しい。


やっぱり一緒に行けば良かったなぁ…。

少し前に酒と食い物を取りに行ったバッツはまだ帰ってこない。
つーか帰ってきててもわかんねぇ。
あいつに頼んどけば変なもんは持ってこないからついつい任せちゃったんだよな。
オレが動き辛いの知ってるからなんも言わなかったし。
全くこいつらも何が楽しいんやら…。
人の目の前で言い合い始めやがって、オレが相手するとでも思ってんのかよ。
みんながみんな似たような服着てさぁ、おんなじことばっか言っちゃって。
いつものオレならとっくの昔に殴り飛ばしてるぞ。
だが今日はそんなこと絶対出来ない。
可愛いレナのため。
心の中で何度も呟きながらファリスぐっと手を握りしめた。





ボロが出るからジェニカにはあんまりしゃべるなって言われてるし‥もしかして終わるまでずっとこのまま?!




ど…っどうしよう。











マワル世界











どうなってんだこれは‥。


バッツは目の前に広がる異様な光景に目を疑った。
ここはほんの少し前まで自分がいた場所のはず。
とてつもなく広い大広間といってもこんな見通しのいいところで迷うはずない。
が、ここは有り得ない程人口密度が高かった。
嫌な汗が流れる。


俺…間違えたかも‥。


左手に持った2つのグラスががちりと鈍い音を立てた。
確実にこの人の海の中心にファリスがいる。
いきなり暴れだしたりしないよな‥?
なんとか姿だけでも確認しようと動いてみたが彼女のドレスの端でさえ見えなかった。
こういうときのあいつは結構気ぃ短いんだよ。
かっちりとした礼服を着た貴公子たちはファリスと話すため我先にといった具合に言い争っているみたいだ。
争っても一番手強いのはファリスなんだけどな。
いたっいどこから湧いてきてるのか‥こうしている間にもどんどん増えてきている。


ど…どうしたらいいんだろう。


せっかく出来立てをもらってきたのに料理はすっかり冷え切ってしまった。
ずっとこうしてるわけにもいかないしなぁ。
このままにしていたらレナとジェニカさんに何を言われるかわかったもんじゃない。















「バッツ、どうしたの?そんなとこに突っ立っちゃったってさ。ファ‥サリサお姉ちゃんは?」

ひょこりと前に顔を出したのはクルル。
普段は頭の高い位置で一つに結ってある髪をおろして薄いピンクのドレスを身にまとっている。
どこからどう見てもお姫様だ。
女の子ってのは本当にころころとよく変わる。
妙な違和感を感じながら気まずそうにバッツは口を開いた。
返ってくる言葉がわかってるのに口にするのってなんて億劫なんだ。

「たぶんあそこ。ちょっと席外したらこんなことになってた‥」

グラスを持った手で人だかりを指す。
クルルはわかりやすく大きな溜め息をついてくれた。

「バカだね〜なんでだろ?肝心なところいつも抜けてるよね」

悪かったないつもで。
急に顔をしかめたバッツを見ながらクルルはクスクスと笑った。

「そういえばミドはどうしたんだ?一緒じゃないのか?」

「知らない。別にいつも一緒ってわけじゃないもん」

しまった。ケンカでもしたのか。
クルルは怒っているというより拗ねた表情を見せる。
3年前、出会ったときから2人のケンカなんて見たことがなかったから驚いた。
それだけ成長したってことなんだろうか。
少し変な感じだ。

「なんかわかんないけど、早く仲直りしろよ」

そう言って軽く頭をくしゃくしゃと撫でる。

「…うん」

小さいながらもちゃんとした返事に口角を緩めた。

「それよりさ、これどうするの?」

これと人だかりを指指したクルルの右手を慌てて両手で抑えこんだ。

「しっ失礼だろ!誰かに見られてたらどうするんだバルのお姫さんがっっ」

「大丈夫。こんな窮屈なとこに誰もこないよ。あの人たちはお姉ちゃんに夢中だし」

ちらりと人の山を見た。
ファリスに話しかけるのにみんな集中している。

「‥確かに」

「とりあえず早く助けに行ってあげてよ」

「そりゃ行ってやりたいけど‥俺なんかが割り込んだら余計にひどくなりそうで」

タイクーン王家の紋章の入った騎士服を着た男が割って入ったらどうなることか。
借り物とはいえ非常に拙い気がする。
シャドみたいに口が上手いわけでもないから言いくるめらんないだろうし。
だけど、ドレスが苦しいって愚痴をこぼしてたファリスを思い出すと‥。
ぐっと拳を握りしめた。
あんなに囲まれていたらしんどいよな。
それに正直俺がこの光景を見てるのが辛い。
あいつの姿が見えないだけマシなんだけど…まぁどうこう言える権利はない、か。
軽く息を洩らす。
それに反応したクルルは自信満々に人差し指を俺に突きつけた。
「簡単でしょ。ファリスは俺のもんだ〜とかなんとか適当に言って引っ張ってきたらいいの!」

「バカ!そんなことが出来るか!!」

「なんでそんなに怒るのよ。適当にって言ったでしょ?体調が悪いとか誰かが呼んでるとかそこは自分で考えてよ」

クルルはむぅっと頬を膨らませた。

「悪い」

「ほんと、男の人って何考えてるかわかんない」

「?‥どうしたいきなり」

憮然とした表情で呟いた少女に驚きを隠せない。
出会った時から大人びた子ではあったがこんなことは言わなかった。

「どんな女の子でもやってほしいことはひとつだと思うの」

「それがわからないよ」

「簡単なのに」

「クルルの真似じゃないが女の人が何を考えてるか俺にはさっぱりだ」

苦笑いをして両手を広げ、首を横に振る。
クルルはますます顔をしかめたがすぐに軽く息を落とした。

「じゃあ何にも考えなくていいから行ってきて!」

バッツの背中を力いっぱい押した。人の群れにぶつかるようしっかりと狙いを定めて。

「すっすみません!」

クルルに押された強さがあまりにも大きかったのか相手が打たれ弱かったのかわからないが前にいた5、6人がばたばたと倒れる。
バッツは焦りながら一番手前に倒れたいかにも貴族、といった装いの青年に手を差し伸べた。
内側を冷や汗でいっぱいにしながらなんとか上手く声がでた。

「なんだ君は?失礼ではないか」

「礼儀知らずな」

周りからは容赦ない声が飛び交う。
うう‥視線が痛い。

「本当に申し訳ない」

差し伸べた手も勢いよく弾かれ、倒れた貴公子たちに物凄い形相で睨まれる。
何もそこまで睨まなくても‥。

「バッツ?」

反射的に耳に入ってきた聞き慣れた声に反応した。
ファリスは目を見開いて立っていた。




「いた」




大きく息をおとすと素早い動きで男たちを無理やり立ち上がらせるとファリスに近づいた。
そしてにこりと笑う。

「サリサ様、探しました。本調子ではないのですから無理はなさらずにあれほど言いましたのに‥。レナ様が心配されてましたよ」

「は?‥あ…ご、ごめんなさい」

この借りてきた猫は誰だ。あまりの別人ぶりにファリスはつまりながらなんとか返事をした。
ザワザワと音を立て、ファリスとバッツ周りに空間が出来る。
返事の返し方が良かったのかあれほど勢いがあった貴公子たちは見事騙され、彼方此方から心配する言葉がかけられる。
点数稼ぎが見え見えだ。
それだけ彼らも必死ということだろう。
今、立ち眩みの演技の一つでもやってしまえばこの場所から脱出できるんじゃ…



「さぁ、行きましょう」



行動するより前にバッツがいきなり肩を抱いて歩き出す。
さっきまでの時が嘘のように簡単に人混みから抜け出せた。








ああ、なんで…。どうして…。








「あ、お姉ちゃぁん」

クルルとミドが小走りで駆け寄ってくる。

「災難だったね。お姉ちゃん大丈夫?」

「レナお姉ちゃんが結婚しちゃったからってこれは明白すぎだよね」

二人は何とも言えない表情を見せて言った。

「ファリス?…どうした?本当に具合でも悪くなったか?」

一言も口を開かないファリスを覗き込もうとした瞬間、














「             」














ファリスはバッツの肩を押しのけると何も言わず大広間から出て行った。

「バッツ?」

ミドが思わず名前呼んだ。
バッツは目を見開いたまま口を利き手で押さえて立ち尽くしていた。


























ああ、どうして…。









何故…。









苦しい。









わからない。














あなたがわからない。



















近くにいるのはわかるのに…あなたが見えない。








Photo by 「NOION」






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