女ってなんて時間のかかる生き物なんだろう。




重ね塗りされていく化粧。
いつも手櫛の髪は丁寧にとかれてきつく結われた。
そして大袈裟な飾りを出してきた若い女官はこちらを見て満足げに微笑んだ。
こっちは引っ張ってくる髪のせいで頭が痛くてそれどころじゃない。
でもそれ以上にきついのはコルセットに縛られた体だ。
「さらしと同じくらいじゃないかしら?」と言ったレナの言葉を鵜呑みにしたオレが馬鹿だった。


どこがさらしと同じなんだよ‥。


息をするのが苦しい。
本当、女ってすごい。
いつもこんなに締め付けると思うと尊敬ものだ。
鏡に映った自分は作りかけにも関わらず別人に見える。
こういう風に作り替えられるのは2回目だ。





まだ慣れない。






慣れたくもないけど。











マワル世界











「えっ…これを着るんですか!?」

手渡された服を見ながらバッツは狼狽していた。

「当たり前でしょう。あなた‥まさかそんな格好で出席するつもりで?」

年期の入ったボロボロの服を視界に収め、信じらんないと言わんとばかりにジェニカは目を見開いた。

「いくら俺でもそこまで疎くないですよ!でもこれは・・・」

「気を使うなと言われても無理でしょうがきちんとレナ様とサリサ様には話を通しましたし、
見繕ったようにサイズもぴったりなのですから着ていただきますよ」

有無を言わさない瞳で見つめられたバッツは黙り込んだ。
服を借りなくてはと思っていたがまさかこんなことになるなんて‥。
綺麗に折りたたまれた服から視線を逸らして溜め息をつく。





「着ていただかないとこちらも困るとレナ様が仰っていますしねぇ‥」


「え?」

ジェニカの言葉に思わず声が出た。
その反応に彼女は呆れた顔を見せる。

「サリサ様のことです。いつもならレナ様がフォロー出来るのですが、今日はそういう訳にはいきませんので」

「そうか。だからこれを着て盾になれってことですか」

「あなたもひとりきりだと困ることになりますからね」

丁度よかったではありませんかと老女は綺麗に笑った。
つられて笑ってはみたが言っている意味がさっぱりだった。
溜め息が聞こえる。
ジェニカはものすごく渋い表情を見せていた。

「本当にそういう余計なところはお父様とそっくりですね」

「はあ…」

すみませんとつい言ってしまいたくなるのは何故だ。
何にも悪い事はしていないはずなのに。
思わず言ってしまいそうになるくらいジェニカという女性は叱るという行動がしっくりくる人だった。

「ご自分は目立つことなんてあるわけがないとでも思っているかもしれませんが気をつけないといけませんよ。
あなたは今や時の人、英雄なのですから」





「え…英雄?!なんですかそれは!!」





似合わなすぎる言葉に出てきた声は今日一番のでかさだった。

「そうでしょうが。世界を救うために犠牲になった英雄が実は生きていたなんて大事件、貴族じゃなくても飛びつきますよ」

「別に世界を救って犠牲になったわけじゃ…」

「自分本位に考えてしまうのが人間ですよ。たとえ事実が違うものだとしてもね。
私も‥何かのついでだったとしてもこうして生きていられることをあなたに感謝しています」

「そういう風に言われたのは初めて‥です。なんか、嬉しいな」

ジェニカの言葉がすんなりと体の中に染み込んだ。



素直に嬉しいと思った。



俺は噂で通りの悪を許せない勇者でもなんでもない。


普通の人間だ。


少し腕に自信があるだけのただの‥。







欲深い人間なんだ。










「さぁ!着替えなければならない理由がわかったでしょう?早く着替えて下さいませ」

「う…っわかりました」

本当に時間がないのだろう無理やり話を折ってジェニカは威圧的にずいっと一歩踏み込んできた。
拒否という選択肢は存在しなかった。
首を縦に振るしかない。

「あまり時間が残っていませんので急いで下さい。そのボサボサの頭だけでも整えたいので」

「何をするつもりですか?」

服に飽きたらず髪の毛まで弄るつもりなのか。
ジェニカこれでもかというくらい笑顔を見せている。
明らかに何かよからぬことを考えている顔だ。

「あら、きちんと整えないことにはサリサ様の隣には行かせませんよ」

「そんな脅しはやめて下さい!」

ああ笑顔が怖い。

「心外な。本気に決まっているでしょう。坊ちゃんがどこかの王子にサリサ様を持って行かれてもいいならもう何も言いませんが?」







声も出なかった。







さっきからジェニカはにこにこと笑っているまま。
ここに鏡があったらすごい顔の男がいるんだろう。
焼けきってしまうんじゃないかと思うくらい身体は熱かった。







なんでバレてる?!







「も…もう好きにして下さい」

「もちろんそのつもりです」

ようやく動くのに気づいた口で出した承諾もばっさりと言い返された。
始めからそのつもりなら聞かないでほしい。
ジェニカは人の顔見て可笑しそうに笑みをもらしている。
こんなに笑われて怒りより恥ずかしさより疲労感が勝っていた。
まだまだ朝が始まったばかりだというのにこの疲れ方は異常だった。







「さあさあ!手早く着替えて下さいませ」







部屋の中に押し返され、扉にもたれてずるずるとへたり込んだ。




















嬉しかったのに。







あんな風に言ってもらってすごく嬉しかったのに。







俺の感動を返してくれ。








Photo by 「MIYUKI PHOTO」






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送