マワル世界











うんざりだ。







ファリスは飽き飽きしていた。
なんとかギリギリまで逃げてやろうと思っていたのにあっさり捕まってしまった。
女官たちはオレよりも一枚も二枚も上手だった。
強制連行された部屋では予想通り着せ替えの嵐。
見たこともない派手なドレスや何がなんだかさっぱりわからない化粧品の数々。



そしてお宝としか認識できない宝石や貴金属…うんざりだ。



でかい宝石がゴロゴロとついた首飾りを出した若い女官はうっとりとそれを見た。
ざっと見積もって100万ギルくらいだろうか。
つけたら確実に肩が凝るに違いない。

「これなどサリサ様にとてもお似合いですわ」

にこりと微笑んだ女官にひきつった笑いを返した。



どこをどう見てそう思うんだか‥。



「おぉっすごいなぁ」

間抜けな声。
マジマジと眺めながらバッツはいつもより大きい声を出していた。
その顔は本気で驚いている。



てゆうかなんでお前がここにいるんだよ。



オレは心底嫌な顔をした。






「坊ちゃんはどれがいいと思います?」

オレの顔を見て苦笑をしながらジェニカは間抜け面の男に言う。
それにバッツはもちろんオレまで吹き出した。
全く結び付かない呼び名に笑いが込み上げてくる。
女官長は笑いの原因がわからず怪訝な表情を見せた。
他の女官たちも話が見えないようで首を傾げている。

「あ…あの、もうそろそろそれは卒業したいんですが‥」

まさかそういう風に呼ばれるとは思わなかっただろうバッツの顔は真っ赤になっていた。
そして腹を抱えて笑っているオレを横目で睨んでくる。

「そうですね。いい大人に失礼でしたわ」

少しも悪いと思っているようには見えないがジェニカはどう思います、バッツ様?と言い直した。
バッツはその言葉には苦笑いを見せる。
自分に“様”はいらないと言っているように見えた。
世界を救った英雄様が何を言うんだか‥。
まあここで言い返さない奴は頭がいい。
様はいらないなんて言ってしまうとまた坊ちゃんに戻ることをよくわかってる。


ジェニカはそういう人だ。





「ファ〜リ〜ス〜、いつまで笑ってるんだよ!」

「無茶言うなよ!笑わずにいられるか」

む、八つ当たりしてきやがった。
ジェニカに勝てないからってオレに当たるなんていい度胸だ。
腕を伸ばすとバッツの頭にヘッドロックをかけた。
もちろん手加減なんかありもしない。
平然としていた顔は容易に苦痛に歪む。

「い…痛ぇっ痛ぇよ!バカ!!」

「聞こえねぇなぁ〜」

「…〜〜っっ」









バッツの声を聞き流しながらオレはどこか遠くにいるような感じだった。
すごく落ち着いている自分に驚いた。

少し前のオレだったらこんな風に笑ってられなかっただろう。
あんなに顔を合わせるのを躊躇っていたのに‥。
日課にしていた包帯替えまでやめてしまって。
中途半端で止めてバッツに悪いと思ったがどうしても行けなかった。
差を見せ付けられてしまったから。



悔しかった。



あいつは先の先まで考えて行動してた。


それに比べて自分は…。

無性に恥ずかしくなった。

その変な自尊心がバッツの部屋に行くのをやめさせた。
我ながら子どもっぽ過ぎるとは思ったが、それ以外自分を保つのが精一杯でどうすることも出来なかった。







「痛いよ、お前」

バッツは首を撫でながら軽く笑う。

「ごめん」

思いの外簡単に出た謝罪にバッツは極上の笑みを見せた。
オレの心臓は思いっきり跳ね上がる。
体は正直だ。ドクドクと人一倍うるさくなった音に頭を振る。

「どうした?」

「いや、いつまでここにいないといけないのかなぁって…」

慌てて小さく呟いた言葉にバッツは勢いよく吹き出した。

「バッツ様?」

「すみません。ファリスは‥そうだな、何もつけなくていいと思います」

そういうと立ち上がった。

「それでは物足りたいのでは?」

主役の姉姫ですのに、と女官のひとりが大きなカメオを手に取りながら言う。

「これを着るのでしょう?」

山盛りのドレスとは別にひとつだけ丁寧に椅子にかけられたものがあった。
淡い碧の服。
バッツの知識ではドレスなんてわからないがファリスに似合うかどうかはわかる。
顔が崩れそうになるのを必死で堪えていた。

「うん、やっぱり何もつけなくていいと思います。十分綺麗ですよ」

バッツはにっこりと笑うと扉に手をかけた。

「あら、どちらに?」

「もう決まったでしょう?俺はこれで失礼します。ここは香りがキツすぎるので…」

ジェニカの言葉に困った顔をして返した。

「これから食堂にお茶を貰いに行くけど」

開いた扉を止めてバッツは言った。
女官たちは顔を見合わせていたがオレは立ち上がるとバッツの隣についた。

「行く」

「んっ」

「サリサ様!」

「もう決まったんだろ?それでいいよ」

これ以上捕まって堪るか。
手を振って足早に部屋を出た。
扉を閉めて大きく息をついた。

「いいのか?」

「大丈夫だろ。あの空間はもうやだ」

「それもそうだな」

軽く笑ってバッツは歩き出した。
久しぶりの感覚。
ほんの数日会わなかっただけなのに大分昔のように思う。


「あ、バッツ‥」


言わないと。
いつもタイミングを逃して言えなくなってしまうから。

「なんだ?」



















「ありがとう」

















物凄く小さな声になってしまった。
聞こえたのか心配で恥ずかしかったがバッツを見た。
バッツは珍しいものでも見たように目を見開いていたが次第に表情は緩んでくる。
最後には嬉しそうにこっちを見て微笑んだ。








オレはこの顔に弱い。








Photo by 「MIYUKI PHOTO」






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