マワル世界





「それじゃあ話してくれる?」

レナが椅子に腰をかけながら切り出した。
彼女の視界にはお互い見知った者ばかりが顔を揃えている。

「そうそう!どうしてすぐに帰って来なかったのかちゃんと教えてよね」

クルルは目の前に置かれたクッキーをつまみながら非難を一身に受ける男を見た。

「あんまりそう言ってやるなよ。いろいろ訳があったんだからさ」

男の隣に座るファリスは肩身狭そうににしている彼に擁護するように口を開く。

「そりゃファリスは全部知ってるから落ち着いてられるだろうけど…」

「とりあえず話を聞こうよ。バッツが考えなしにそんなことするはずないんだしさ」

クルルの斜め後ろに立っていたミドが口を挟んだ。
男‐バッツを見てにっこり笑う。
つられてぎこちなく微笑んではみたがそう庇われてしまうと逆に言い辛いのが現実だ。
そこまで高く評価されてもそんな出来た人間じゃない気がするが・・・。
その様子をみてファリスは苦笑を漏らしている。

「あの〜本当に私たちもご一緒していてよろしいのですか?」

言い辛そうに弱い調子で声を出したライに同調するように大臣は頷いた。
彼らは部屋に入って行けずに扉の前で立っている。

「居てください。2人にも聞いてもらいたい話がありますから」

バッツは 首を振ってからファリスを見た。
それに頷いたファリスは王子と大臣に部屋の中央に来るように促した。









「さてと、どこから話そうか」

全員が集まったのを確かめるとバッツはゆっくり息を吐いた。
改めてこういう風に話す場を設けられると緊張してしまう。

「そうね、始めから‥私たちと逸れた後のことから話してくれる?」

その言葉にバッツは頷いた。




「あの後俺は…意識を失って、次に目覚めたときには何も覚えてなかったんだ。
名前さえ記憶になかった」




息をつめる音が静かな部屋に広がった。
誰ひとり口を開こうとしない。
何と言えばいいかわからないのだろう。
俺もどう言えばいいかわからない。
このまま話を進めていい決めかねて隣に目線をやると少しファリスの顔が曇っていたのが見て取れた。

一瞬にして心が重くなった。

再会したときのことでも思い出したのか。


あの時の俺は実に嫌な奴だったと思う。




傷つけた・・・。





また傷つけてしまった。






レナやクルルの表情も随分驚いた顔をしていたけど、ファリスから目が離れなかった。


申し訳ない気持ちしか出てこなかった。

























「…とまぁ、そんなわけでここに来たんだ。びっくりしたんたぞ?
クルルに会いに行ったらレナが御成婚だって耳にして大慌てでタイクーンに向かうことになったんだ」

簡潔に要点だけ説明したが納得してくれるだろうか。
鬼門の女性ふたりの顔色を伺うと神妙な表情をしている。

「…?どうしたんだふたりとも」


「ねぇ、その魔物って‥」

クルルが突然顔を上げてミドに目をやった。
それに合わせて幼い学者だった青年がバタバタと近くに置いてあった荷物を漁り始め、一束にまとめてある書類を取り出した。
中央のテーブルの上に白い紙がぽんと乗せられる。

「これね、少し前にミドがまとめてくれた報告書なの」

ミドがこくりと頷いた。

「クルルに頼まれて急に作ったから取りこぼしがあるかもしれないけど、これには共通点があって・・」

そう言いながら書類をバッツに差し出した。
急に作ったというが全くそんな風には見えない。
綺麗に重ねられちゃんと表紙までついて紐で結ばれている。
相変わらず仕事は完璧だ。厚めの書類を1枚ずつめくっていく。
そこに書かれているものにひどく驚いた。




「これって‥」




俺様子にファリスも書類を覗きこんできたが同じように驚いて目を見開いた。

「そっくりでしょ?ふたりが戦ったやつと似たような状況だと思わない?
大半はいきなり現れて消えちゃうってだけなんだけど‥でも被害が出てるのも確かなの」

クルルも身を乗り出して書類を覗きこむ。

「もしかしてこのことだったの?クルルの話したいことって‥」

「うん。西大陸じゃ広範囲で起こってるから東側はどうかと思って」

「少し情報を集めようとしたんだけど詳しくはわからなかったんだ。西大陸はバルが力を貸してくれたから出来たんだけど」

申し訳なさそうに俯いたミドにレナは笑みを浮かべた。

「そういうことなら喜んで協力するわ。でも魔物がどこかを襲撃したっていうならすぐ報告はくるけど‥被害がないのでは‥」

そこまで口を開くとレナはバッツを見た。

「そう。だから大臣殿やライ王子にも一緒に聞いてもらったんだよ」

本当なら兵隊長や将軍の人にも聞いてもらいたかったんだけどとバッツは頭を掻いた。
その言葉でライは自分たちが何故ここにいるのかを理解した。



彼は情報が欲しかったのだ。



どんな些細なことでも多くの情報が欲しいのだろう。
記憶が戻ったばかりで情勢がいまいちわからないようだ。
ライは不思議な気持ちになった。
話によるとついこの間まで記憶がなかったというのに戻った途端彼は帰ってきた。
この3年間彼は彼なりの生活というものがあったはずなのに、それをすぐに全て捨てて戻ってきた。
確かに私でもそういう状況なら親しい人に会いたいと思う。


だけど全て捨ててしまうだろうか。



この人は何かが違う。




つねに危険と隣り合わせの生活を自ら強いてるようで平穏を遠ざけているみたいだ。
帰る場所を持たないことで何かを保っているようで‥。
何故そう思うかわからなかった。
だが、一見穏やかに微笑む英雄の中に黒い影のようなものをライは感じていた。





ファリスは漠然とこの光景を見つめていた。
なんて自分は浅い考えしかもってなかったのだろう。
次元の狭間にいた魔物がこの世界に存在することがどんなに異質か
少し考えればわかったはずなのに頭の中はレナのこととバッツの怪我でいっぱいだった。
今頃になってレナの結婚も知らない彼が急いでジャコールを出発しようとした理由がわかった。
その頃から考えていたんだ。





恥ずかしい。





まだ昔のほうが物事をよく見れていた気がする。






呆れられた。





あのよそよそしい態度はそのせいかもしれない。
こんなことで人を馬鹿にするような奴ではないけれど・・・。
オレだったらきっと呆れてものも言えないはずだから。
あいつもそうだと思う。
オレの立場とか考えとかを思って何も言わないんだろう。










それがすごく恥ずかしい。










昔の自分が出来ていたことのはずなのに・・。










そんな当たり前のことが出来なくなった自分が・・・・。










周りを見渡せない自分自身に嫌気がさした。








Photo by 「MIYUKI PHOTO」






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