コンコンと軽快な音を立ててから扉が開いた。
振り向いたバッツは呆れて溜め息をついた。
扉から金髪の癖毛が飛び出てくる。

「クールールー・・・返事もしてないのに開けるなよ」

「えへへー、ごめん!ごめん!急いでたから」

「何かあったのか?」

「ううん。ただ起きてるかなぁって思って」

「なんだそりゃ?」

「なんでもなぁーい。じゃあ、また後でね」

可愛らしく笑顔を見せるとクルルは部屋にも入らず扉を閉めた。


まったく・・。


揃いも揃ってみんな同じ行動をするとは。
バッツは込上げる笑いを堪えることができなかった。
朝一番にレナが部屋をのぞきに来た。
その気配に目を覚ました俺に何度も謝りながら彼女はすぐに部屋を後にした。
何なんだと思っていたらジェニカばっちゃんが2人の女官を連れ立って入ってきて、俺を着替えさせようとするので丁重にお断りをした。
着ていただきたいものがあったのにと悔しそうにしながら彼女たちは出て行った。
何を着せる気だったんだあの人は・・・。
そして、着替えている最中にはミドがやってきた。
俺の顔を見ただけで満足したのか、着替えていたから気を遣ったのか挨拶だけ済ますと扉を閉めた。
するとすぐに大臣さんが部屋に来て、俺を見て何度か頷いて見せて去っていった。
そしてクルルだ。

こんな朝の早い時間からみんなして・・暇なわけないのに。


なんだかくすぐったい気持ちになった。



笑いが止まらない。




この気持ちをどう表現していいかわからないけれど・・嬉しいっていうのかもしれない。









昨日はあれから大変だった。
レナとクルルは泣き止まないし、ミドは抱きついたまま離れないし、挙句の果てには騒ぎに駆けつけてきた兵士たちに取り囲まれる始末だ。
あのとき王子が慌てて大臣さんを呼びに行ってくれなかったらどうなっていたことか・・・。
彼ら2人のおかげで牢屋行きにはならなかった。
これじゃあ真正面から入っていっても苦労は変わらなかったんじゃないかって愚痴を零してやろうと思ったけど、
ファリスが脇を突いて睨んできたのでやめた。
どうやら同じようなこと考えていたみたいだ。

俺たちはお互い苦笑を漏らすと俺はミドとクルルを、ファリスはレナを強く抱きしめた。


泣きながら「おかえり」と言ってくる3人に何度も「ただいま」と呟いた。






マワル世界





また扉の叩かれる音にバッツは振り向いた。
次は誰だ?と思いながら彼は扉が開くのを待つ。
が、いつまで経っても開く気配がしない。
首をかしげながら扉を開けた。

「あっもしかして起こしてしまいましたか?」

黒髪の青年が立っていた。

「えぇ!?王子?何かあったんですか?」

とっさに丁寧な言葉が出てくれたことに心の中でガッツポーズをとった。
それにしてもなぜ彼がここに・・・。
目の前の青年はこちらを気遣いながらやわらかく微笑んでいる。
俺が思っていた国の印象とは大違いの王子だ。
なんつーか・・こう先走ってる感じのする国だったのだ。
辺境は自然がいっぱいでのんびりしていたが首都はまったくの逆で。
近代化といえば聞こえはいいかもしれないがあまりいい印象はなかった。
それなのに正面に立っている彼はその感じとはかけ離れている。
王宮は中心にあるはずなのにこの王子は自然がいっぱいな感じだ。









昨夜、涙を拭いながらレナは俺たちの前に彼を連れてきてにっこり笑った。

「姉さん、バッツ。彼はライ。私、この人と結婚するの」

彼女の言葉に隣にいた青年は慌てて頭を下げた。

「始めてお目にかかります。ライ・オリナス・シーケアと申します。
バッツ様、ええっと・・この場合ですと、ファリス様とお呼びしたほうがよろしいのでしょうか?」

顔を上げた彼はレナのほうを向いて微笑んだ。
目が合った彼女は1、2回首を縦に振る。
レナ以外は全員が固まった。

「・・・レナ、私間違えました?」

「いいえ、ちゃんと合っているわ。どうしたのみんなして?」

「レ・・レナ?これはどうい・・う・・・・」

「彼は全部知っているのよ。私が全部話したの。姉さんのことも、だから・・」



何も繕わなくて良いのよ。



なぜか俺にはレナが口を閉じた後、そう聞こえた気がした。
ファリスは目を見開いて固まったままだ。
よほど驚いたんだろう、俺もびっくりして声が出なかったんだけど。
レナはファリスにつられるように黙り込んでしまった。
どう言うべきかと迷っているようだ。
ライ王子もその様をどうしたものかと手をつけられずいた。
クルルもミドもどう声をかけていいか躊躇している。

なんともいえない沈黙が流れる。
その状況が俺には盛大に笑い声を上げた。

「はははっよかったじゃないかファリス!素直な妹と義弟で」

ぽんとファリスの頭に手をのせて髪をくしゃくしゃと撫でながら笑い続けた。
あからさまにほっとした表情の彼女に気づいた素振りも見せないで。
軽く皮肉を口にして、それに過敏に反応するファリスと言い合いになる。
クルルとミドは呆れ顔、王子はこの展開についてこれないのかおろおろと表情を変えるばかり。
レナは懐かしそうにくすくすと楽しそうに口元を緩めた。


俺は心の中で安堵した。



ファリスは感情表現が苦手なところがあるから・・・俺も人のこといえないけどさ。




こんなことしかしてやれないけど、それでも何かが変わってくれればそれだけでよかった。













「あのぅ・・バッツ様?」

「うわぁっすみません!!ボーっとしてたみたいでっっ」

王子が首を傾けて話しかけたところで俺は正気に戻った。
人を目の前にして自分の世界に入ってしまうなんて・・・俺ってやつは。

「いいえ!やはり疲れていらっしゃるのですね。戻られてばかりですし、
だからずらしたほうがいいと・・・ああ、でもそうすると料理長たちが・・・・」

「王子?」

「いえ、大丈夫です!私が料理長たちには伝えておきますのでゆっくりとお休みになってください」

ぐっと握り拳をつくって力いっぱい彼は言った。
あまりにも真剣な姿に失礼だと思いながら軽く吹き出してしまう。

「バッツ様?」

「ああ、すみません。大丈夫ですよ。昨日ゆっくり休ませてもらいましたから・・・何か?」

「朝食の用意が出来たようなのでお迎えにと思いまして」

そう言うと彼は気品ある優しい笑みを浮かべた。
思わずずっこけてしまうかと思った・・・。
あまりにも何というか・・レナが選んだ人らしいというか。
仮にも王族として生を受けた人間が一介の旅人を起こしにくるなんて誰が信じるだろう。
それがレナの婚約者ってだけで妙に納得できる自分が不思議だ。

「なんか申し訳ないです。俺なんかを・・」

「ご自分をそのようにおっしゃらないでください。貴方と話がしてみたかったので立候補してきたのです」

「自分と・・・ですか?」

「はい。いつでも構いません。貴方とゆっくり話がしてみたい」

真っ直ぐとした目を向けてくる彼に俺は丁寧に頭を下げた。
元々王族とか貴族とかにいいイメージを持っているほうじゃないけど、たくさん尊敬できる人たちを知っている。
彼もその部類に入るべき人だ。

「喜んで。近い内に是非」

「よかった!断られてはどうしようかと思っていました」

ライはほっと安堵の息を落とす。
その様子にバッツは首をひねった。

「・・?誰も王子の申し出を断ったりしないでしょう?」

「違います。これは命令ではありません。
私が一人の人間として、いえ、一人の男としてお話をしたいとお願いしているのですから断ってもいいのです」

自分の言っていることに頷きながらライはまたバッツを見据えた。
断っても構わないと言うかのように。
バッツは困ったように笑みを漏らした。

「言い方が違ったかな?お・・・いや、自分は貴方のような人からのお願いを誰も無碍に出来ないと言いたかったんです」

「・・・!!ありがとうございます!とても嬉しい」

「こちらのほうこそ、貴方がレナの結婚相手で嬉しいです」



























「あー!やっときたぁ〜!!」

扉を開くとクルルが拗ねた目でこちらを睨んでいる。
彼女の席には手がつけられていない食事が並んでいた。
どうやら全員揃って待っていたようだ。

「ごめんごめん!って食べてくれてても良かったのに」

「あらだめよ、食事はみんな一緒にって決めているの」

バッツの申し出を斜め前に座っているレナが即座に否定した。
その隣に座ったライが申し訳なさそうに口を挟む。

「すみません・・私がバッツ様を引き止めてしまっていたので」

「いいのいいの!ライさんが悪いんじゃないの、とろいバッツがいけないの」

「俺が悪いんかい」

きゃはっと言う効果音でも聞こえてきそうなに言葉を放ったクルルにバッツは素早くツッコミを入れた。

「バッツ、諦めろ。お前が悪かったら丸く収まるんだ」

「仕方ないよバッツ兄ちゃん」

「ファリスにミドまで・・・」

俺の両隣でしみじみと呟いた二人に力なく返事を返す。
なんか今日はみんなちょっとキツイぞ?
どうした?

「バッツ、仕方ないわ。みんなにあんなに心配掛けたんだもの少しくらい我慢しないと・・ね」


レナが女王スマイルで攻撃を仕掛けてくる。



ああ、そういうことですが・・そういうことなんですね。




黙ってますよ。




当分の間もう何も反論しませんよ。





何より君のその笑顔が俺は怖いです。






優しく教えてくれているように見えるけどこの中で一番怒ってるよね?













帰ってきたことをほんのちょっぴり後悔した瞬間だった。








Photo by 「MIYUKI PHOTO」






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