目の前に飛竜を象った紋章が象徴された槍が立ちはだかった。
「お引き取りを願います」
クロスされたふたつの槍がこれ以上進むことを拒否している。
バッツは口を開きかけたがここで何を言っても無駄なのでやめた。
今喚いたとしても何も変わらないのだ。逆にますます聞き入れて貰えなくなるだろう。
この兵士たちは何も権限はない。
命を受けて門番を任されているだけだ。
隣のファリスも困ったように呻きながらも何も言わなかった。
仕方ないと言い残し、門番たちに詫びを述べるとふたりは優美な門を後にした。
目的地は目前だと言うのに・・。
マワル世界
レナは軽く溜息をついた。
こんなはずではなかったのにと朝から何度も思っていた。
扉の向こう側では女官たちの忙しく働く足音が響いている。
目の前の山になっている書類を見てレナは再び息を吐いた。
時計を見るともう昼過ぎだ。
いつもならとっくに謁見が行われているのに・・そう思うと書類に走らせるペンはお世辞にも速いとは言えない。
レナは謁見の時間が一番好きだ。
堅苦しい他国の使いもやってくるが、それ以上に城下町の住人がたくさんやって来てくれる。
その話を聞いている時が一日の内で最も楽しい瞬間。
彼女はまた溜息をした。
昨日の夜に大臣に言われたことを思い出したのだ。
彼はレナを窘めるように穏やかな口調で言った。
彼がひとり決めたことではないとはいえ、急に言われたことに驚きを隠せなかった。
また明日ね、と小さな男の子に言ってしまったのに。
大臣を責めるわけもいかなく彼女は口を濁す。
「どうしてもいけないの?」
「レナ様が謁見をお楽しみにされているのは重々承知しておりますが、
明日からは各国の長たる方々や使者などがたくさんお見えになるのです。
危険の可能性は低い方がいいのはレナ様がわからないはずもないでしょう?」
「それはもちろんだけど・・せっかくみんながおめでとうと言いに来てくれるのに・・・」
城を開放しないなんて・・・。
「レナ様・・・民は皆、理解していると思いますよ」
そっと大臣がレナの肩に手を乗せ、微笑んだ。
渋々ながらその条件をのむしかなかった。
気を取り直し、書類に取り掛かろうとしたそのとき遠慮がちに扉を叩く音がした。
「レナ様、よろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
静かに開けられた扉の向こうに深々と頭を垂れた若い女官。
ゆっくりと顔を上げた女官は心なし表情が硬い。
緊張しているのだろう。
レナは表情を柔らかくし、年若い彼女に話しやすいように促した。
ゆっくりと口を開いた女官の言葉にレナは喜びを表にした。
最後まで聞かず彼女は駆け出す。
「ねぇ、場所はどこ?」
「お・・応接の間に大臣様がお連れしております」
「ありがとう」
言い終わるとレナは一目散に応接の間に向かった。
「絶対それしかないって!」
定食屋に入って遅い昼を食べていたファリスは向かいに座るバッツに力強く言った。
「そう簡単にいくものなのか?」
バッツは怪訝な表情を見せる。
「大丈夫だって。入ってしまえばこっちのもんだろ」
「ファリスの計画は相変わらずだな‥」
本日のオススメの肉料理を頬張りながら真剣に言う彼女にバッツは苦笑いを浮かべた。
「なんだよ、手っ取り早く騒ぎを起こさずするならそれしかないじゃないか」
「まぁ、確かにそうなんだけどね」
「じゃあ決まりだ!」
カランと音を立てて空になった皿の上にフォークを置くとファリスは立ち上がった。
「ファリス?」
「バッツ、それまで時間潰そうぜ。オレ市場に行ってみたい」
「そうだな。時間はたっぷりあるし、タイクーン観光でもするか」
ふたり分の料金を支払うとバッツも立ち上がる。
思えば城には幾度となく行ったことはあったが町に出たことはほとんどない。
以前は町を散策などという暇はなかったのだから。
タイクーンはとても賑やかだ。みんな笑顔で溢れている。
レナの結婚が近いからというのもあるだろがここはいつも活気溢れていていい国だ。
「いっぱいだなぁ‥」
「もうすぐ一大イベントだし、いろんなとこから商売やなんかきているんだろ」
余りにも溢れ出る人の波にファリスは息を漏らした。
やめるか?と聞こうとする前に彼女はどんどん進んで行ってしまう。
反射的にバッツは手を伸ばした。
が、ファリスの手が視界に入った瞬間、彼女に触れかけた手を引っ込めた。
「随分早く来たのね」
弾んだ息を整えながらレナは久しぶりの再会を喜んだ。
「話したいことがいっぱいあるから早めに出発しちゃった」
と舌を出す表情は3年前の活発な少女とちっとも変わらない。
「そうなんだよ。政務も勉強も全部まきで終わらせてね」
大袈裟に首を振りながら呆れたように学者の少年は付け加えた。
「何よ。出された分は終わらせたんだからいいじゃない」
「誰も全部やっちゃうなんて思ってかなったんだよ」
「私はやれば出来る子なんです」
いーっと顔をしかめてクルルはそっぽを向いた。
クルルもミドも外見はとても大人びてきたけれど中身はそのままだ。
この二人も久しぶりに会ったはずなのに会ったそばからこの調子なんだろうか。
懐かしい感じにレナはクスクスと声を漏らした。
「少し待たせちゃったみたいね。ごめんなさい」
クルルの前に出された紅茶や茶菓子が少し減っていることに気づいたレナは申し訳なさそうに向かいのソファーに腰掛けた。
「そんなに待ってないよ。忙しいのはさっき聞いたから」
ね、とクルルは隣に問い掛けるとミドは大きく首を縦に振った。
「それどうい・・・」
「申し訳ございません。新しいお菓子をお持ちしましたのでもうしばらく・・・ああ、レナ政務はもういいのですか?」
扉を開けた青年にレナは目を丸くした。
彼は彼で忙しいはずなのに何故ここで楽しそうにお茶をしているのだろうか。
それも一国の王子が紅茶とお菓子のおかわりまで持って。
呆然としているレナを不思議そうに見ると青年は紅茶とお菓子をテーブルに置いた。
「すみません。遅くなってしまって」
少し長めの灰みの髪がさらりと揺れる。
やわらかい表情とおっとりとして丁寧な口調が彼の性格を表していた。
「ライ・・あなたどうしてここに?」
未だ釈然としないレナにライと呼ばれた青年はきょとんとした。
「どうしてと言われましても・・あなたの大切なご友人をお待たせするわけにはいかないでしょう?
城のみなさんは準備でお忙しいということで・・・それにレナの話を聞きたかったので、つい」
ここで一番暇なのは私ですからねと照れながらライは言った。
「そうなの。3人で旅の頃の話とか今のこととか話していたんだよ」
「ライさん僕と同じ学者なんだね。王子様なのにびっくりしちゃった」
ライの言葉に次々と2人は付け加える。
途端レナは黙り込んで拗ねた顔を見せた。
「レナ?」
「私がちゃんと紹介したかったの」
「レナお姉ちゃん可愛い〜っ」
「あははっ本当だ」
クルルとミドは声を上げて大笑いをした。
その様子にレナは顔を真っ赤に染めて慌てふためき、ライはどうしたものかとおろおろしていた。
「2人共そんなに笑わないで!ずーっと考えていたのよ」
「レナ、落ち着いて下さい」
「そうだよ、落ち着いてよ〜。プレゼントも渡せないじゃない」
私とミドからと可愛らしくラッピングされたプレゼントをレナの前に差し出した。
「しょうがないから機嫌直してあげる」
レナは嬉しそうに受け取った。
「おめでとう」
「ありがとう。2人に祝ってもらえると嬉しい」
レナは幸せそうに顔を綻ばせる。
「そう言ってもらえると僕たちも嬉しいな。ね、クルル」
「うん。あ、お揃いだから大事に使ってね」
「お揃い?何かしら」
「レナ、開けてみましょう」
ライに促されてレナはゆっくりと光沢のある布を取り除いた。
「ペン?綺麗な模様・・」
「これは・・・・」
出てきたのは美しい染物で飾られた2つのペンだ。
それを見たライは懐かしむように言葉を漏らした。
「そうだよ。ライさんのお国の染物のペンで〜す」
「よく手に入りましたね。だんだん職人が減ってきていて今では見るのも難しくなってきているのに・・・」
感心してライはペンを手に取ってマジマジと見つめる。
「そりゃぁもう頑張ったもん」
クルルは得意気に口角を上げた。
「ありがとう。大事にするわ」
レナとライはペンをそっと握りしめた。
「・・・私また離れなきゃいけないけど夕食は一緒に食べられると思うからゆっくりしていて」
執務室に置いてある山のような書類たちを思い出してレナは慌てて立ち上がった。
「うん。ごめんね、急に来ちゃったから」
「いいの。2人とはゆっくり話がしたかったし・・ライ、ここはお願いしていいかしら?」
「ええ、午後からも時間がありますから。」
任せて下さいとライは胸をはった。
その言葉に頷いた彼女は足早に部屋を出ていった。
「忙しそうだね」
「はい・・。世界の復興が徐々に進んで他国も周りを見る余裕が出たのでしょう。
せっかく平和になったというのに人は争いをやめない・・・・悲しい事です」
その言葉にクルルもミドも何も返すことが出来なかった。
「すみません。こんなこと‥先程の旅の話の続きをお聞きしてもよろしいですか?」
罰が悪そうにライは困った笑みを浮かべた。
「あ〜おいしかった」
食堂から部屋に戻る途中クルルは満足気に声を漏らした。
「あんな豪華なのあんまり食べたことないから緊張したよ」
それにつられてミドも固くなっていた体から力を抜いた。
「そういえばそんなに食べていなかったね」
「うん、なんかお城の食堂ってすごいんだ。圧倒しちゃった」
ミドは重厚な城の作りと豪華な食事に溜息を吐いた。
「別室で食事のほうが良かったかしら」
「大丈夫だよ、レナお姉ちゃん。そのうちきっと慣れるよ」
「無理はしないで下さいね」
「ライさんもありがとう」
後ろを歩いていたレナとライの気遣いをミドはやんわりと断ることにした。
せっかくお祝いにきたのに迷惑はかけられないのだ。
クルルに誘われてここにきたのはいいけれどやっぱりここは世界が違うんだと改めて理解した。
でもレナお姉ちゃんのことは気になっていたし、無理をしてでもきてよかったと思った。
クルルの言っていた通り僕たちだけでもこうして集まらないと‥。
気を取り直してミドはぐっと握り拳を作った。
そんな姿にクルルは口元を緩める。
4人がある部屋の前を通り過ぎようとしたとき、微かな物音がした。
ライは何かと口を開いた途端レナに押さえ込まれる。
クルルもミドに指を立てて静かに、と合図を送った。
2人を黙らせた彼女たちは何とも言えない表情でお互い見つめてから音がした部屋に視線を移した。
ここで物音など有り得ないのだ。
女官たちが定期的に掃除はしているがこんな時間には誰もいないはず。
この部屋の持ち主はここ2年程留守にしている。
クルルは少し強めのサンダーを唱えながら扉の横に張り付いた。
レナも気配を殺しながらそっとドアノブに手を伸ばす。
呼吸を一拍置くとそっと扉を開けた。
「だ‥っ」
「ほらみろ!ここは簡単に開くんだよ」
「わかったから早くそこどけ!俺を落とす気か!!」
暗闇の中、髪の長いすらりとした長身の人が窓枠に立っていた。
その人は窓の外を覗き込んで勝ち誇ったように笑い声を上げた。
窓の外からは腕伸び出て長身の人の足を押している。
悲痛な声音で何かを叫んでいるようだ。
クルルは発動寸前のサンダーを解いて動けなくなった。
レナも口に手を当てたままそのままだ。
うまく声が出ない。
信じられないというのが本音だ。
長身の人は部屋へと足を踏み入れた。
長い髪がふわりと舞う。
月明りが照らしたその髪は闇夜に溶ける淡いすみれ色。
そして窓枠に手を掛けていたもう一人も一気に部屋へと体を乗り出した。
長めの癖のついた栗毛が風に誘われるように流れていく。
髪の間から見えた空色の双眸にレナとクルルは涙が止まらなくなった。
いきなり泣き始めた2人に驚いたミド慌てて部屋に入った。
その目に飛び込んできたのは・・・。
目頭が熱を出したときのようにかっと熱くなる。
顔を左右に振って見間違いではないことを確認するとミドは走り出した。
「バッツ!ファリス!」
思いの外大きい声が出た。
内心声の大きさに自分が驚いたが構わずスピードを上げた。
2人の顔がはっきり見えたとき彼らは懐かしい笑みを浮かべていた。
僕の知っている、大好きな2人の顔だ。
涙が頬をつたって落ちていった。
Photo by 「MIYUKI PHOTO」
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