「はぁ!?明日にここを発つだぁ〜!!」


「聞いてないよ!そんなことっっ」










「カケラ」





あの忘れられない依頼から一ヶ月が経とうとしていた。











穏やかな朝、少々賑やかになってきた食堂に甲高い二つの声が響き渡った。
食堂の一番日当たりのよいテーブルだ。
そこで朝食をとっているのは三人。
この町で一番名の知れた賞金稼ぎと最近現れた凄腕の麗人、そして近所の一座の踊り子。
麗人の向かいに座っている踊り子と賞金稼ぎは目を白黒させながら固まっていた。
宙に浮いたフォークが行き場をなくして放置されたままだ。

「いや・・その、昨日の夜決まった・・・・んだ」

2人のあまりの大きな反応に麗人—−ファリスはしどろもどろに口を開いた。
突き刺さる視線が痛い。
ファリスは何か大きな罪でも犯してしまった罪人の心境に陥る。

言いにくいなぁとは思っていたけど・・ここまでとは。

なんとか誤魔化そうと笑っては見るがいい解決策は見つからない。
気の利く言葉も出てこない。
乾いた笑いだけがそのテーブルに残った。




「そんなのヤダぁ〜!来週来るアクセサリー市、一緒に行こうと思ってたのにーー!!」

レダは涙目になりながら叫んだ。
今にも落ちそうな瞳にファリスは慌てふためく。
「レ・・・レダ!!・・ええっと」
「そんなことはどうだっていいだろ」
シャドは呆れながら泣き崩れる頭にポンと軽く手をのせた。
「そんなことってどういうことよ!!!」

「あーうるさい、うるさいっ・・・で、それ本気で言っているのか?まだ一ヶ月くらいしか経ってないだろ?お前の怪我だって」

「うん。いや、オレももう少し様子を見るつもりだったけど・・・」


「俺が急かしたんだよ」


申し訳なさそうに喋りだしたファリスの言葉を遮ったのは男の声だ。
一瞬、動きを止めたが三人は声の主を眼中におさめると驚いた声を上げた。
ゆったりとした足取りでこちらにやってきたのは栗毛の青年。
トレーをテーブルに置くと疲れ果てたかのようにファリスの隣に腰をおろして息を吐いた。

「「「バッツ!!!」」」

「よっおはよ」

サラダをつつきながらバッツはにこやかに笑った。
手を動かすスピードは随分遅いがしっかりと口へと運んでいる。
体の動きがまだまだ正常とは言えないが、一ヶ月前に死にかけた人間とは思えないほどの回復力。

「朝飯なら運んだのに・・まだ寝てたほうが」
「明日出発するのにそんな甘えてられないだろ?」
「でも・・・」

焦っているファリスにのんびりバッツは答えた。
確かにそのとおりだと思うが、それでも反論しようとした彼女の前に静止の手がかかった。


「もういいのか?」

「まぁな。歩けるようにはなった」


料理を口にしながらシャドはバッツをちらりと見た。
目の合った彼は得意気に微笑みを返す。
その顔に脱力した。

・・・柄にもなく心配して損した。
盛大に溜息をつく。
口をもごもごと動かしながらバッツはこちらを不思議そうに眺めている。
何を言っているかまったくわからないがたぶん“どうした?”ってとこだろう。
それにしてもスゲー食欲。
前からよく食う奴だったがこのごろは病気的にひどい。
朝っぱらからこっちが胸焼け起こしそうなくらい食べる。
にこにこ笑いながら飯を食う姿に頭が痛くなった。
まぁ、確かについこの間までベットから動けなくて食事もスープだのと腹に優しいものばかり。
大食いのやつにしたら拷問のようなものだったか知らないが・・・。

あーあ、気持ち悪くなってきたよ。




「ねぇバッツ。本当に明日行っちゃうの?」
レダは信じられず哀願するように言った。
流石にそこまで悲しそうに言われるときっぱりと言い切れないバッツは歯切れ悪く謝罪した。
「ごめんな。もう決めちゃったんだ」
「せっかくファリスのおしゃれした姿見てもらおうと思ってたのにぃ・・・」
「・・なんだそれ?」
「来週アクセサリー市があるの!そこでファリスにドレスアップしてもらってぇ、バッツに見せようって計画してたの!!」
びっくりするんだからとまるで見たかのように自慢げに言いのけたレダの言葉にファリスが過敏に反応した。
「ちょ・・ちょっと待て!買い物に付き合うんじゃないのか!?」
「そうよー♪ファリスの、ね」
「・・・っ!!??」
突如暴露された計画にファリスは声も出ない。
岩のように動かない彼女の驚きっぷりにバッツとシャドは吹き出した。
「ハハハっそんなことだろーと思ったぜ。こいつなんか今更買わなくたって一座に行けば宝石なんて山ほどあるんだし」
「私だってちゃんと買うつもりですー!」
豪快に笑い声を上げるシャドはレダの頭をさっきよりも強く何度も叩く。
剥れた少女は攻撃を繰り返す手を払い落として鋭く睨みつけた。
バッツは腹を押さえながら笑い崩れる。


「着飾ったファリスかぁ。どうする?・・・出発、来週にするか?」


笑いがおさまってきた彼は未だ動かない彼女を見上げてポツリと呟いた。
その声が聞こえたのかファリスは目線を下げる。
彼女の目には満悦の笑みを浮かべる男の姿が映った。
明らかに昔、無理矢理着せられた自分のドレス姿を思い出しているのがわかった。
だんだんととろけるように顔が綻んでいく。
危険だ。そう感じた次の瞬間には己の右手は奴の後頭部に一撃を加えていた。

「〜〜っっ!!」

いきなり現れた強烈な痛みにバッツは叫び声も上げることも出来なかった。
ファリスは冷たい眼差しで見下ろす。
その目が自業自得だ、と語っている。
彼は痛みに耐えきれず涙目になりながら抗議を始めた。

「殴ることないだろ!」

「変なこと想像したお前が悪い」

「別に変なことじゃ・・・ただ昔のお前のド・・・・・」

「わーーーっうるさい!黙れ!!急ぐんだろ!?出発は明日だ、あ・し・た!!!」

大声でバッツの台詞を遮った彼女は耳まで赤く染めながら席を立つ。
買出しに行ってくると言い残すと逃げるように食堂を後にした。






その後姿を口角を上げながら見つめる青年にシャドはピンときた。

「バッツ・・わざとやっただろ」

「なんのことだ?」
「ひっどーい!きれいなファリス見たくないの!?」
おどけた表情を見せたバッツにレダは頬を膨らませる。
少女の拗ねた物言いに栗毛の青年はニヤリと勝ち誇った笑みで言った。


「ファリスは何もしなくても綺麗だからいいの」


わかったか?と笑みを湛えたまま少女の小さなおでこを指で弾く。
レダは弾かれた額を押さえながら顔を赤くしたが、気を取り直すとテーブルを叩いて悔しがった。

しばらくすると窓の外から美しい笛の音が聞こえてくる。
テーブルを叩き続けていた少女は慌てて立ち上がり自分のトレーを掴んだ。
「やだ!練習始まってる〜!!・・・あ、明日お見送りするから、私来るまで行かないでね!!!」

言い終わる前に走り出した踊り子にバッツは軽く手を上げて答えた。











「さてと、どうしたシャド?何か言いたそうだ」

「何をそんなに急いでいる?」

直球で聞かれたバッツは返答に詰まった。
笑って誤魔化しきれる相手でもない。
互いに沈黙を守り通していたがどちらともなく深く息を吐く。

「嫌な予感がする。今行かないと後悔しそうなんだ・・」

「そんな体で?」

目を逸らさず青年は口を開いた。
シャドは苛立ちを抑えるため足を組みなおす。

歩くのもやっとのその体で何が出来る。
わからないほどバカではないはずだ。
それなのに何故・・?と考えると一つしか思いつかなかった。

「あの魔物か・・・・」

向かい側に座る青年は小さく、だがしっかりと首を縦に振った。

「この前話したとおりあの魔物がここにいるはずないんだ。最近いろんな場所で出るって聞くし、きっと何か原因が・・」
「で、ここ出てどうするんだ?」
「とりあえずバルに行こうと思う。ここからすぐだし、最終的にはタイクーンだ」
「じゃあ俺は情報手に入れたらそこに送ればいいんだな?・・城でいいのか?」



「・・・・・・!ああ、そうしてくれると助かる」



俺が導き出した答えにバッツは待ってましたとばかり指を鳴らして破顔する。
青年の表情につられてシャドも白い歯を見せた。

わからないとでも思ったのかこのヤロウ。
































「こんなに早くでなくても・・・」
欠伸を噛み殺しながらレダは呟いた。

辺りはまだまだ暗く、少し肌寒い。
ようやく朝日が山の間から顔を出した頃だ。
チョコボの毛が太陽に当たり、黄金色に輝いている。
そのチョコボの背に荷物を乗せている二人はレダとは違いすっきりとした表情だ。

「今出ないと夕方にバルに着かないし」

「でも、ファリスとお別れ寂しぃ〜っっ」

もっともなことを言ったファリスにレダは駄々をこねるように抱きついた。
そんな少女をどう扱っていいかわからずファリスは両手を中に浮かしたまま顔を顰める。

「別に今生の別れじゃなんだぞ?」
「そうだけど・・」

そこに助け舟を出したバッツの言葉にレダはしょんぼりと返事を返した。
頭ではわかっていても体が言うことを聞いてくれないようだ。
口では誰にも負けないこの子もちゃんと十七歳の女の子なのだ。

少女を囲んで立っていた三人は揃って苦笑を浮かべた。
「そろそろ離れてやれ。ファリスが困っているだろ」
シャドが頭を突くとレダは名残惜しそうに体を離す。

「うん・・・・そーだ、バッツ!これ以上ファリス泣かせたら許さないからね!!」

「わかってるよ」

「レダ、元気でな」

「ファリスも怪我と病気には気をつけてね」

「ほら、早く行かねぇと本当にバルに着く前に日が暮れるぞ」

その言葉におされて二人はチョコボに飛び乗った。
四人は声をかけることもなく、軽く手を振って別れをした。


そして手綱を引き、チョコボの地面を走る音がする。
二匹のチョコボは連れ合うように駆けていく。
もう随分とちいさく見えにくくなった頃レダは大声で叫んだ。
















「待ってるから、会いにきてねーーー・・・」
















レダは声が途切れると大きく息を吸い込む。
その様子を見ていたシャドは一笑した。




「あんなので良かったのか?あいつが好きだったんだろ?」


「あの人はファリスしか見てないもの」


だからいいのと少女は微笑んだ。
女心はよくわからないがそれでいいというならそれでいいのだろう。
先を歩く少女を見ながらぼんやりと思った。












ああ、今日も暑くなりそうだ。



朝日が昇りキラキラと町を象徴するレンガが輝く。




振り返るとそこにはもう緑の草原しかなくて・・





彼らを思わせる優しい風がひとつ








流れていった。
















「ま、どうでもいいけどさ。もう・・手、離すなよ?」








Photo by 「NOION」





+++Postscript+++







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