ただ、側にいれるだけで幸せなんてきれい事だ。

もしそれが真実じゃなかったらこんなに悩んではいないだろう。

辛い思いもせずにすんだ。

どうして自分は何も忘れなかったんだろう。

こんな記憶さえなかったら何もかも初めからできるのに・・。





こんな想いさえなければ・・・・。





何も知らない、何も憶えていない彼に何を求めているのか。

こうして近くにいれるだけでいいじゃないかと納得したはずなのに

優しくされるたびに・・苦しくなる。

それ以上の感情が彼にあるわけないのに・・・。





知らず知らずのうちに求めてる。









そんな自分が女々しくて嫌だ。










「カケラ」





突然の再会からもう三ヶ月が経とうとしていた。
ファリスはむくりと起き上がった。
欠伸を噛み殺しながらベットを出る。
今日の仕事は夜明け直後くらいにここを出ないと間に合わない。
昨夜シャドがめんどくさそうに言っていたことを思い出す。
窓の外はまだ闇の中。
よく寝坊をして二人を怒らせているので今回こそはと思い、早めに眠ったのが良かったのか。
どうやら間に合ったようだ。
窓を開けるとひんやりとした風が入ってくる。
この調子じゃ春はまだまだ先の話だ。



隣の部屋からカタンと小さな音が聞こえていた。
あいつが起きたのか?
あまりのんびりしていられない。
ファリスは慌てて部屋着を脱ぎ捨てた。






























三ヶ月。

ファリスがこのギルドに登録をしてから三ヶ月。
冗談半分で誘ってみれば意外に乗る気でトントン拍子に賞金稼ぎになっていた。
ファリスは素晴らしい腕を持っていた。
その身長からは想像できないほどのスピードで敵を倒していく。
入って一ヶ月で稼いだ額はギルドの一、二を争えるほどだった。
本人自身はそんなことにまったく気づいていないようだったが・・。
見た目は恐ろしいくらい綺麗で取っ付きにくそうだが、話してみると付き合いやすくなかなか面白い奴だ。
ステラと違って俺の話も聞いてくれるし。
そのせいか飛び入りの凄腕新人を悪く言う奴はどこにもいない。



そしてついこの間、偶然一緒に仕事をすることになった。
一緒に行動してみると面白いことがいっぱいだ。
ステラはいつもどおり無口だったが、ファリスは短気ということが発覚した。
すぐに頭に血が上るらしい。
少々いじめてやると楽しかった。
そのあとものすごく生命の危機を感じたがこれだけはやめられない。
値切ることとこれは俺の最大の趣味だ。
一気に玩具が二つ。
女運はないが俺の人生まだまだ捨てたものじゃない。
あとステラとファリスは仲がいいようだ。
もっと殺伐とした関係なのかと思っていたがそうでもないらしい。
二人でよく喋っているし、よく喧嘩もしている。
毎度毎度しょうもないことで言い争いを繰り広げる。
俺はステラがあんな大声で怒鳴っている姿をはじめて見た。
無言で睨みつけられることはよくあったが。
こいつも意外に短気なのかとコンビを組んで二年目にして気がついた。



そんなことがいろいろあっていつの間にか・・。
口約束があったわけでもなく、誘ったわけでも誘われたわけでもなく。
本当にいつの間にか・・ずっと一緒だ。
まぁ、一人より二人、それより三人というから仕事自体は楽になった。
ステラもファリスも強いし、俺も自分で言うのはなんだがそれなりの腕だ。
大物狙いならこんないいチームはないと思うがそんな大物がゴロゴロ転がってるわけない。
稼ぐ額は減るのはわかりきっているのに不思議に思う。
ファリスもあいつも一人で十分稼げる腕を持っている。
ステラはなるべく人と関わりたくないようだ。
あいつの態度からそういう雰囲気を感じる。
でもファリスは・・・。
疑問に思うと聞かないと気がすまない俺は思い切って聞いてみた。
すると苦笑いを浮かべてこう言った。


「どうも交渉が苦手なんだ」


なるほど、と納得できる部分もある。
確かにファリスは話すのが上手くない。
時々誤解を招くようなことも口にしてしまうくらい。
その上短気だし。
口より手が出てしまうタイプだ。

しかしそれだけか?
そう思う。
何かを感じる。
それが何かと言われると困りものだけど。
違和感を感じると言ったほうがいいかもしれない。
何かが違う。
俺のわからないところでズレが出ている気がする。

わからない。
わからないと言えば、ファリスの名前。
どこかで聞いた気がするけど、思い出せない。
バッツといいファリストいいなんでこうも忘れているんだろう。

ステラのがうつったか!?





まったく、俺にはわからないことだらけだ。






























「・・・っ」

ようやく目覚めることができた。
ここ最近毎日見る夢。
前までは月に一回とか多くても二回とか三回だったのに今は毎日だ。
泣いている人の夢。
たぶん女の人だ。
闇の世界に白く切り抜けられているように見える真っ白な人。
顔も服装も髪の色も声もわからない。
わかるのは女の人ということと髪が長いということと泣いていることだけ。
声はわからないが泣いていることはわかる。
悲痛な気が俺の胸に鉛をぶつけるように重く鈍く痛みを起こす。
泣かないでほしいと思う。
声をかけようとするが喉が詰まる。
いつの間にか話せなくなっていた。
どうにかして気づいてもらおうとその人に近づくことにした。
一歩一歩がすごく重い。
体が石になったみたいに上手く動かない。
それでもなんとかして目の前までやってきた。
きごちなく動く腕で彼女の肩に手を置く。
俺の存在に気づいてくれたその人はこちらを振り返る。
その瞬間白い人は消え失せ、かわりに真紅が一面に広がっていた。
ビチャリと生々しすぎる音が耳の奥にまで響く。
噎せ返るような臭いと光景から逃れられずその場に崩れ落ちる。


プツンと。


俺の中で何かが切れる音がした。





いつも夢はそこで終わる。
嫌な汗が体中に流れていた。
すごい脱力感と嫌悪感に毎朝襲われる。
頭が割れそうに痛い。
体に血の臭いが残っているんじゃないかって思うくらい。
俺は無理やり起き上がった。
ベットから出たら大丈夫。
目さえ覚めてしまえばこっちの勝ち。


忘れよう。


せめて起きている間だけでも。
シャドとファリスと一緒にいれば大丈夫。


大丈夫。



大丈夫。




あの二人は強いから大丈夫。





失くさなくてすむ。




ステラは剣を握り締めると部屋から足を踏み出した。






























「遅いぞぉー。二人とも」
シャドは階段から姿を現した二人に拗ねた声を上げた。
「まだ夜明け前だろ」
「そうだよ。寝坊せずに起きてきたんだから文句言うなよ」
降りてきた二人は不平を漏らしながら席に着いた。
すでに三人分並んでいる朝食に手を伸ばす。
賞金稼ぎたちより早く起きて美味い飯を出してくれる女将は本当にすごい。
この温かい飯のおかげで外の寒さにも耐えれるだろう。
そう思いながら野菜スープを口に含んだ。

「「・・・」」

これは予想以上に・・。

「シャド、お前いつからいる?」
「へ?うーん・・半刻前くらい?」

「んなことだろーと思ってたぜ!朝食三つ運ぶなんて優しさお前にねぇもん!!」
「・・だな」
「うわっひど!お前ら俺の繊細な心をズタズタにしやがってっ」
ダンとテーブルに拳を叩きつけたファリスは叫ぶ。
その言葉に静かな怒りを含ませながら同意を示したステラは鋭い眼光でシャド睨み付けた。
恐ろしい二人を目の前にシャドは茶目っ気たっぷりに答えてやる。



喧嘩腰の言葉はいつしか笑い声に変わっていた。












まだ続くと思っていた日常。





いつかは終わってしまうとわかっていたけど・・・。

















三人で朝食を摂ったのはそれが最後だった。












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