聞いてみたいことがあった。
俺を知っている奴に会ったら必ず聞こうと思っていた。
いつも妙な感じが突然、心を駆け巡る。
何か大事なことを忘れてしまっているようなのだ。
記憶がないんだから当たり前のことだけど・・。
でも、それとは違う。
もっともっと別の大事な何か。
連日現れる夢の人は未だに涙を流し続けている。
誰?
君は誰だ?
「カケラ」
ステラは思い溜め息をついた。
女将自慢の料理に手はつけたものの、彼の口に入ることはなかった。
バッツ。
昨日、見知らぬ旅人のそう呼ばれた。
その人にはやはり憶えはなく、俺は今の俺のままだった。
この一年まったくと言っていいほど手掛かりはないし、己の中での進展もない。
妙な感じはするのだ。
喉まで出かかっているのにそれ以上は出てこない。
もう一生、蟠りを内に秘めたまま過ごさなければならないかもしれない。
彼は二度目の深い息を吐いた。
「バッツ・クラウザーだってさ」
不意にふってきた声に体が大きく跳ねた。
隣の席に腰をかけた声の主は良く知っている人物だった。
「シャドか・・」
席についたのを確認すると彼はシャドを睨みつける。
静かな怒りを直撃した鶯髪の青年は隣の男を視界におさめずに無理矢理話し始めた。
無言で怒るこの男が怖いなんて死んでも言いたくない。
でも、こういうときのこいつが一番恐ろしいのは確かだ。
「そうやって怒るから俺が聞いてきたんだろう」
とりあえず平静を装ってみる。
あ、いい感じの声が出てくれた。
ステラにバレないよう彼はほっと息を落とした。
「言いたいことはそれだけか?」
冷たく抑揚のない声音がシャドを攻撃する。
あーあ、これは相当怒ってるね。
彼は内側で大量の冷や汗を流しながら、表面で笑みを絶やさずにがんばっていた。
「ああ、それだけさ」
「そうか」
ステラは一言残すと席を立った。
「待てよ。何にも聞かずに行くつもりか?」
いつまで経っても冷淡な反応しか返さない男にさすがの彼もムっとして、少々苛立ちを含んで言い放つ。
振り返ったステラは難しい顔をしたまま頑なに口を閉ざしていた。
どうしても自分からは聞きたくないらしい。
ここまでくると駄々をこねるただの子どもだ。
本当は知りたいくせに・・。
どうせまた余計なことを考えて聞けずにいるんだろう。
シャドは苦笑いを浮かべると指でトントンとテーブルを鳴らし、席に戻れと促した。
「聞くだけはタダなんだから聞いとけ」
そう、聞くだけはタダ。
それからどうするかは・・・・己次第。
「ふぅ・・」
湯船に浸かってようやくファリスは一息つけた。
昨日はなんて忙しい日だったんだろう。
一気に世界が変わった気がする。
昨夜、遅くなったので食い下がるレダを宥めて帰らせた。
それからシャドという賞金稼ぎとの話は夜半過ぎまで続いた。
彼はこっちの気持ちを汲んでくれたのかバッツを・・いや、ステラを見つけてときのことを先に話してくれた。
あいつはあの戦いが終わってすぐにこちらに帰ってこれていたようだ。
話からするとかなりひどい嵐だったのにあれだけの傷を負いながらよく助かったと思う。
バッツはあのとき自分の意識が戻るとレナに呪文を唱えるのをやめろと言った。
「まだ何があるかわからないから・・・」と。
確かにみんな疲労に疲労を重ねていたから襲撃に遭えばひとたまりもなかっただろう。
でもまだ十分に回復してないのに笑って言ったのだ。
その笑顔にみんな騙されてしまった。
普通なら気づいていたはずのあいつらしいとても優しい・・。
大きな大きな嘘に。
そこで不意に涙が流れた。
この旅の間は泣かないと決めたのに・・・。
雫を拭うとファリスは浴場を後にした。
「少し長く入り過ぎたのかもしれないな」
火照った体に部屋着の袖を通すと彼女は部屋に戻るため階段を駆け上がって行った。
まだ日が昇り始めて数刻しか経っていない。
太陽の位置を見て彼女は驚いた。
昨日も夜遅くまで起きていたというのに随分と早起きをしたようだ。
それにしてもここの宿の朝は早い。
早い時間だというのに朝食を摂っている人がたくさんいた。
普通の宿ならこの時間は一人か二人いればいいほうだ。
こんなに早いのは早朝から仕事に行く賞金稼ぎたちのためなんだろう。
ファリスは部屋に着くなり荷物をあさり始めた。
起きてしまったものは仕方ないし、飯に行こう。
これからのことは食べながら考えればいいじゃないか。
いろいろ選択肢はあるんだから。
そう思いながら旅装束を取り出した。
コンコン。
しばらくして部屋にノック音が響き渡った。
誰だろう?
「はい」
部屋着を脱ぎながら扉を見つめていた。
返事をしたところでピタリと止まる。
あ、服着てない・・。
「ちょっ・・・ちょっと待ぁっ・・・・・・!!!」
「・・うわぁっごっご・・・ごっごめん!!」
静止する言葉の前に開かれた扉。
が、次の瞬間ものすごい音を立てて閉まった。
見間違いだろうか。
目の前にいたのは・・・。
空のような瞳を持つ・・あの、青年。
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