今、目の前には闇。

漆黒が広がっている。

これからどこに行くのか、どこから来たのか・・・。

右も左もわからない。

たくさん落し物をしすぎて、この手に何が残っているかも知らない。

ここはどこだ?



俺は誰だ?









光はどこにある?










「カケラ」



「う・・っ」


「あ!ファリス、起きた?大丈夫?」


目を覚ますとファリスは見知らぬ部屋のベットにいた。
ゆっくり声のするほうへ顔を向けるとさきほど別れたばかりのレダが心配そうにこちらを見ている。
「・・・レダ?」
「平気?こっちにきたらファリスが倒れたって聞いて・・・びっくりしたんだからぁ」
ほっと息を吐いたレダは嬉しそうに笑った。
心配をかけてしまったようだ。
これ以上要らぬ心配をかけてはマズイと思い、重い体を無理やり起こそうとした。
ファリスが顔を前に向けたその時青い瞳が重なった。
彼は半分開いた扉に体を預けこちらの様子を窺っている。
ビクリと体が跳ね上がった。
やけに鼓動がうるさく嫌な音を立てている。






冷たい。


暖かい快晴の空色の目じゃない。
氷のような、敵に対したときに見た眼光。
胸が痛くなった。



姿は同じなのに・・・。



まったくの別人。


冷たい、冷たい瞳。


優しく微笑んでくれた人はもうどこにもいない。














「気がついたみたいだな」
随分伸びた栗毛を掻き上げながら平坦な声が耳に届く。
心配するわけでもなく、申し訳なさそうにする様子もなく冷たい青の瞳はファリスを見た。
まるで品定めをされているようだった。
しばらくの間、青年はファリスを見つめていたが息を吐くと満足したのか視線を逸らす。
少し顔が険しくなった気がした。


「悪いがあんたは何か勘違いしてるようだな」
「・・・っ」
「こっちは人間違いでいきなり倒れられたんだ。いい迷惑だよ」
ただ淡々と述べられる言葉にファリスは身を固くすることしか出来なかった。
明らかに彼から出ているのは拒否の雰囲気。
話す前から大きな壁に道を阻まれた。
ズキンと胸が痛む。
「聞いているのか?」
「・・・・・あ、ああ」
突き放された言い方をされ息が出来ずに声が詰まった。
どう返せばいいかわからずに唇が微かに動くだけ。
何とか返した返事は気の利かない一言。
彼は軽く溜息を落として頭を掻いた。
「まぁ、そういうことだ。俺はあんたのこと知らないし、会ったこともない」
そう言い残すと背を向けて部屋を出て行く。
扉が閉まる前に振り返るとファリスを睨みつける。


「俺に関わらないでくれ」


小さな音を立てて戸は閉じた。
























「もう!何なのかしら・・。ごめんなさい。ステラはいつも冷たいけどあんなに酷いこと言わないのよ」
レダは青年が出て行った扉を見つめながら困惑した声音で言った。
彼女自身あんな彼を見たのは初めてだった。
いくら話に行っても冷めた返事しか返ってこなかったが拒絶されたことはない。
それが何故この人に対して酷い態度をとるんだろう。
初対面に人には確かに付き合いにくそうにしてはいるけれど・・・。
「大丈夫よ。彼、初めての人にはあんな感じだし・・・・ってファリス?どうかしたの?」
ファリスのほうに顔を向けたレダは慌てた。
綺麗な菖蒲色の髪はベットに流れて、ファリスは胸を押さえ蹲っている。
膝を立てて顔に当てているため表情がわからない。
ただ胸を摑む手が震えている。
急に苦しくなったのだろうか・・。


「ファリス、ファリス。大丈夫?どこか痛くなったの?ねえ答えて」

「だい・・大丈夫。大丈夫だ」

いくら問いただしても答えは大丈夫の一言。
レダはただ悲しくなって顔を歪めることしか出来なかった。



















大丈夫、大丈夫。


うわごととも思える呟きを何度も静かに唱えていた。
目を閉じて体をぎゅっと抱きしめ、何度何度も。
呟いている間だけは本当に大丈夫だと思えた。
だってそうでもしないと何もかも崩れてしまいそうな気がする。





痛い。


鋭い刃で体中斬りつけられたように。
何本もの剣を突きたてられたみたいに苦痛を感じる。
痛いと思う、苦しいと思う。


やっと、やっと辿り着けたと思ったら足元から全てが壊れ、奈落の底に落ちたのだ。



泣けるものなら大声を張り上げて泣き叫びたかった。
けれど・・もうそれを辛くて胸が張り裂けるかと思った。




辛すぎて辛すぎて、涙が流れない。



































ステラは掌で顔を抑えながら階段を下りていた。
「なぁにシケた面してんだよ」
階段近くのカウンターに座っていた短めの鶯髪を持つ男が酒を煽りながら話しかけてきた。
「シャド・・」
「あの旅人、目ぇ覚めたんだろ?」
「ああ」
ハイスピードで酒を流し込んでいた腕は動きを止め、代わりに盛大な溜息がテーブルに落ちる。
シャドと呼ばれた男は気の抜けた返事を返してくる栗毛の青年をジロリと睨んだ。
睨まれた当の本人はそんなことにも気づかず暗い顔をしながら考え込んでいる。
「どうした?いつも以上に暗いぞ、お前」
「あの旅人、俺を見て何て言ったか憶えているか?」
「バッツ」
間髪いれずに答えてやると彼はまた難しい顔をして考え始めた。
シャドは苦笑いを浮かべると栗毛を指で勢いよく弾く。
その力に前に倒れそうになった青年は凄い形相をしてこちら見た。
「ステラ、いいこと教えてやろうか?」
その表情に笑みを漏らしながらも彼はステラに向かって指を指す。
髪と同じ鶯色の瞳を意地悪そうに歪ませた。
「あいつはお前の前の仲・・・」

「違うっ!!」

一際大きな声と机を叩く音に最後の言葉は遮られてしまった。
びっくりして思わず手を滑らし、グラスを落とした。
しん、とした酒場の中でガラスの割れる音が大きく響く。
ステラの握り締めた拳は戦慄いている。
噛み合わさった歯もギリギリと嫌な音を立てていた。
追い詰められたように見える瞳はどこを睨みつけているのかわからない。
絞りだすように出た言葉は弱々しいものだった。
「違う、仲間だったら何か感じるはずだ。わかると思うんだ。でもあいつには何も・・・。
それにもし仲間だったんならあっちだって辛いじゃないか。俺は何も憶えていない。相手を懐かしむことも出来ないんだ。」
ぎこちなく首を横に振りステラは席を後にした。


辛そうに顔を歪めている彼を見ていると何と声をかけてやるべきか迷った。
己の名前も故郷も友も全てを無くしてしまったステラに自分は何が出来るのか。
シャドは落としたグラスの破片を拾うためしゃがみ込んだ。
一枚ずつ破片を拾う動作が妙に物悲しくて、再び大きな息を落とす。
顔を上げるとあの可哀想な青年が酒場を出て行く姿が見えた。









「でもさステラ、自分から閉ざしたら見つかるものも見つからないぜ」













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